鞍馬火祭り♯4



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太鼓が聴こえてきたのでそちらを伺うと、老若男女問わず太鼓で祭りを祝います。
幼い子供の可愛い音、お姉さんの淑やかな音、祭衆の勇ましい音、たたく人によって音色が様々です。
一人が叩き終わると拍手が沸き起こり、また次の人に代わられていき、鞍馬の町に太鼓と一般見物客の喝采が響き渡りました。

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鞍馬の町には「七仲間」と云う火祭を執り行う組織があり儀式にそった順序で各神事が進められます。
その「七仲間」は鞍馬出身の氏子(世襲制)だけで組織されており、祭りを盛り上げるために他から呼んだ神輿担ぎの人(祭り請負人?)等のお世話にもならないので、それを代々守り続けてきたことで「鞍馬の祭り」としての純粋さがあります。
その事実は鞍馬火祭の神聖性もより高めているように私は感じました。
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この後、各仲間から集まった大松明が由岐神社前石段下(鞍馬寺三門前)に向かい、各松明が山門前にひしめきあい掲げられてから石段下に焼き捨てられます。
残念ながらその様子は観ることが出来ませんが、歓声とともに火の粉を巻き上げながら大きな炎が燃え上がり、鞍馬の空を焦がす様子が遠くからもハッキリと確認できました。

先にも書いたとおり過去には石段下での大松明焼き捨ての様子は簡単に観ることができました。
現在は観光客が増えたので「石段下付近で立ち止まっての観覧は出来ない」ことになっていますが、個人的にはそれでも好いと思っています。
鞍馬の由岐神社の神様を祭る神事ですから「土地に縁もゆかりもない誰が見ようが見れまいがどうでも好く(※此れは私の気持ちです)粛々と執り行われる」のがお祭りなのですから♪

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由岐神社に安置されていた御神輿を従えて祭りの列がやってきました。
まだ10代初めの頃、此れを観た記憶があるのですが、その時は石段下前だった気がします。
この後、神輿は御旅所に安置され神楽が奉納されたあと神楽松明が境内をまわって鞍馬火祭りが終了します。

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観れない神事の最中、振り返って改めて町の様子を眺めてみました。
大松明が練り歩いた町にはまだ熱気が残り漂うように見え、氏子の方が篝(篝火)を絶やさないように薪を焚べています。
ほんの少し前に過ぎていった時間の余韻を楽しみながら思い起こし、それが素晴らしい体験だったのを実感しました。
祭りの全てを最後まで見届けられなくとも十分に楽しんだ2016年の鞍馬火祭、大満足のうちに叡電・鞍馬口駅に戻り帰路につきました。

この祭りを境に京都は寒さが一段増すと云われ、いよいよ紅葉が色づく季節を迎えます。

「鞍馬火祭り」は由岐神社の例祭。起源は940年(天慶3年)とされ宮中に祀られた祭神を鞍馬に移すにあたり、当時の村人が篝火(かがりび)を持ったて迎えたのが始まりとされ、18時の「神事にまいらっしゃれ」神事を合図に、町の篝(エジ「篝火」)に一斉に点火されると、宵が間近の鞍馬集落は篝火が照らす幻想的な風景に包まれます。

先ずは小松明を持った子供達が練り歩いていき、その後、徐々に青年が担ぐ大松明へと変わり「サイレイヤ、サイリョウ」の囃も幼い可愛い響きから迫力の鼓魂へと変わっていきました。

我々一般人は松明を担いで町内を練り歩く姿と、神輿行列しか見る事が出来ませんが、それでも凄い数の観客が此処を訪れます。
叡電の終電午前0時頃に合わせて見納めになる鞍馬火祭りですが、お祭りはその後も執り行われ御旅所から神輿が由岐神社へ戻る午前2時頃まで続けられるのだそうです。


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by hanashigai | 2016-10-31 19:00 |  ├ 祭り風景 | Trackback | Comments(12)
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Commented by sarusaM1 at 2016-10-31 20:08
火をこれだけ使って、もの凄い祭りですね!
こんな迫力で火災が発生しないのはしっかりとしたルールが有るんでしょうね。
強風でも中止にならないそうですが強風注意報、暴風警報ではどうでしょうか?
郡上踊りは徹夜踊りでも警報発令されると中止になります。
こういったお祭りは昔からではなく新しく始めるのは許可が下りず無理でしょうね。
Commented by hanashigai at 2016-11-01 20:33
> sarusaM1 さんへ
火災への備えはきっと万全なのだと思います。
それは何百年も続けられてきた歴史が証明していますから。
強風の解釈にはもちろん「強風注意報」「暴風警報」は入っていません。
それら警報を「一般的な強い風」と同一視する訳はないですから。
でももし何かの理由で祭りが執り行えなくても、それが神様の御意向でありますし、
また次の年に盛大に執り行えば良いのだと思います。
日本古来から続く「祭り=祭礼・神事」と「祭り=集い・イベント・町興し」とは違いますし、
火祭りで盛大に松明行列できるからと、何かのイベントで真似事をするには、
それなりの労力がいるでしょうし、それが報われるかもわかりません。
Commented by loughpaper2788h at 2016-11-02 04:56
クライマックスが待っていましたね!hanashigaiさんの撮影技術も素晴らしい
ですが、火祭りの華やかな雰囲気が伝わって来ました。
Commented by hanashigai at 2016-11-02 07:19
> loughpaper2788h さんへ
前回の鞍馬火祭りはパワーショットG5で撮っていましたから、機材の進歩にも助けられました♪
鞍馬火祭りが終わって、次の季節に突入した感じの京都です。
Commented by revoir-dima at 2016-11-02 11:33
う〜ん。これほど深く鞍馬の火祭りを拝見し、感じたのは初めてです。
もちろん有名な祭りですので世に出回っている写真を見たことはあるのですが、これほど「記事」としての文章や写真は初めてです。さすがです。
この祭りだけではなく各地に伝わる祭りの本来の部分や、先日よりの話のような、一般に知られない、見ることの出来ないという神秘性の部分を想像させられ、祭り好きの私はワクワクさせられました。
しっかりとした記事を拝見させていただきました。ありがとうございます。
Commented by sarusaM1 at 2016-11-02 12:18
調べてみたところ何百年どころか千年以上歴史が有るんですね。
それに比べれば行政や気象など現在の社会なんてまだまだ若いです。

少し引用。
940年(天慶3年)、平安京に祀られていた由岐明神(由岐神社)を当時頻発した大地震や争いなど相次ぐ世情不安を沈めるために鞍馬に遷された。この時、鴨川に生えていた葦をかがり火として道々に点灯したほか、遷宮の行列は1kmにも及んだという。これに感激した鞍馬の住民がその出来事と由岐明神の霊験を伝えるために始まったものが起源といわれる。

大地震や争いなどが頻発した、というのは現在の状態と似てますね。
先日飛騨高山に行った時古い町並みの歴史的建物が並ぶ中心部にまで「外国の祭り」が行われていたのは驚きました。
これには賛否両論あると思いますが、外国の祭りを「輸入」するより日本にはこういった何百年~千年以上続く歴史あるお祭りがありますから・・。
神聖な鞍馬の町で「外国のお祭り」を行うのは論外なんでしょうね。
鞍馬火祭りの時は叡山電鉄の輸送力の少なさがボトルネックとなってしまうので電車待ちが長時間になってしまうので鞍馬の町に入るのが規制されてしまうようです。
車ですといくら道路が便利になっても駐車場が無ければ無理ですね。
広い駐車場を作ってしまうと景観が損なわれたり大渋滞になります。
(これは今の郡上八幡が抱えてる大きな問題です。)
京阪と直通させる構想があるそうですが、実現してほしいですね。
Commented by hanashigai at 2016-11-02 18:38
> revoir-dima さんへ
いつも深く掘り下げたて記事を掲載されているdimaさんに高評価頂けたようで大変うれしいです。
「感じた事を素直に記す」事に徹し、それに興味を持って頂けそうな必要最小限の情報を付け加えてます。
ほぼ隣町に暮らす僕なのに、この「有名な祭り」を殆ど何も知らない事を、今回の編集で実感しました。
でもそれって特別に稀なことでも無いのだろうなぁ?と記事を書き終えて変に納得した次第です。
※あの超有名な祇園祭でさえ毎年新たな発見がありますから(笑)
そしてdimaさんが云われる「この祭りだけではなく各地に伝わる祭りの本来の部分や、一般に知られない、見ることの出来ない神秘性の部分」
を大きく意識して編集しましたので、それも感じ取って頂けて嬉しく思ってます。
僕の写真は至極記録的で退屈と思うのですが、写ってるのはあくまでも表面上で、それ以外に存在してる「情景」を想像して楽しんで頂ければ嬉しいといつも思ってます。※それには表現力が足りていないのでしょうけれど(T_T)
なのでdimaさんのコメントがとても励みになりました。
此方こそありがとうございました。
Commented by hanashigai at 2016-11-02 19:22
> sarusaM1 さんへ
鞍馬火祭を調べてくださたようでありがとうございます。
そのきっかけが今回の記事だと思うので個人的にも嬉しいです\(^o^)/
僕も起源はウェブで調べた範囲を簡単に引用しました。
実際に祭りを観て「あれは何だろう?」と云う疑問は再訪して収集する積もりでいます。
飛騨高山・古い町並みでのいわゆる「外国の祭り」、僕は実際に観てませんし賛否もあるのでしょうが僕は肯定派です。
何故なら時代に沿った「新しい何か」を取り入れるのも文化成長には不可欠で、先ずは試し必要なければ自然に淘汰されるスタンスで好いと思います。
ただし「古くからの物・文化も大切に残し、すぐに新しいものに代える」のではなく「共生する」のが大前提です。
京都の都市の歴史を振り返れば「時の最先端」だった時代が存在し、その時はあらゆるルートで「新しいも」を受け入れてきたのが京都・・・日本の最先端の都市だったのですから。
でも自然淘汰された物はとんでもない量でしょうし、判断を間違え残すべきものを捨てた事実もありそうです。
今の京都に残る歴史的文化財に限らず様々な風習も、実は当時は最先端だった物が時代を経て過去の物になり「重要文化財」になっているだけで、当時の評価は全てが両手放しで受け入れたとは思えません。
その時代の流れも面白いところでもあるので、全く厄介なのです(笑)
それを前提に考えれば「神聖な鞍馬の町で外国輸入のお祭り」も好い催しになると期待してしまいます♪
例えば「鞍馬ハロウィン」が「鞍馬火祭り」を追いやる訳はないですし、あの雰囲気の町がハロウィンも祝うなんて想像すると楽しいです♪
叡山電鉄の輸送力に関してはおっしゃるとおりですが、あれも「鞍馬火祭時季の風物詩」と寛容に考えてくだされば良いかとも思います。
Commented at 2016-11-02 21:06
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by hanashigai at 2016-11-03 08:31
> 2016-11-02 21:06 の鍵コメさんへ
貴重な情報ありがとうございます。
Commented at 2017-07-15 21:03 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by hanashigai at 2017-07-15 23:39
> みずのむむ さんへ
先ほどはありがとうございました。
非公開コメントで、写真受け取りに御都合の良いアドレスを教えてください。
説明不足ですみません。
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