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二ノ瀬・守谷神社・富士神社の御焚火祭

守谷神社・富士神社で御焚火祭が執り行われたので観覧して参りました。
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と、さも知ったかぶりな出だしですが観覧できたのは偶然。
この二社が置かれる京都市左京区二ノ瀬町は、秋になれば足げく通う叡電・二ノ瀬駅の近くにも関らず「御焚火祭」の事はもちろん、そもそも二社について全く何も知らずにいました。なので勉強を兼ねて調べながらの追体験記です。


いつものように紅葉の二ノ瀬駅で過ごしていると、遠くから「トントン♪トントン♪」と小太鼓の音が響き近づいてきます。「火の用心」かな?と気にせずにいると、暫くして駅周辺に焚火の煙が漂ってきて町会所の大銀杏が炎に照らされ浮かび上がっていました。

こりゃあ何かの「祭りだ♪」と一先ず駅の紅葉狩りを中断し町集会所に向かうと、子どもから大人まで数十人が焚火を取り囲み、警察と消防の姿も。そして山裾にある神社の社でも焚火灯りが見えます。
さっそく神社に行って尋ねると地元のお祭りだと教えられ、観覧・撮影もOKとの事で再び町集会所に。

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町集会所広場の大きな御焚火から手持ちの松明に火を移し、用意がそろうと神主とお稚児を先頭に篝火の列が出発。
静かな山間の集落に太鼓の音をこだまさせながら、一旦離れていき折り返しの橋を渡ってまた徐々に近づいて来ます。対岸を歩く篝火の列が鞍馬川の水面を明るく照らし、その流れに揺らめく炎がとても美しく幻想的な光景を作り上げていました。

二ノ瀬駅に丁度入線していった電車の車窓からも此の篝火の列が見られたかも知れません。

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トン♪トントン♪~太鼓の音とともにやって来た篝火の列が守谷神社の境内に。
モミジと炎の朱色と漂う焚き木の香りに、日本の秋とまもなく訪れる冬を感じていました。

撮影ポジションを予測して動き回れたのは此処まで。境内ではどんな神事が執り行われるか分かりませんし、そもそも町民の為の祭りでありますから、この場の空気を乱さないように、撮る事を優先させ過ぎないようにわきまえました。

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社の前で神事の祝詞がはじまり、お稚児さんなどによる玉串奉奠の儀が執り行われ、神楽殿では巫女が舞いの奉納をし粛々と厳かに神事が進められていきました。
二ノ瀬の守谷神社・富士神社の御焚火祭は、きっと日本の祭りの原点の姿を今に残す祭りで、また各地にも同じような町祭りが無数にあるのだろうと、まだ知らぬそんな祭りに思いを馳せる事ができました。華やかに賑わう有名な祭とは違う、静かで趣ある良いお祭りです。

二ノ瀬は文徳天皇の皇子・惟喬親王(これたかしんのう)が隠棲する以前に一時的に閑居された所とされ、その所縁から二ノ瀬町に鎮座する二社、守谷神社は惟喬親王、富士神社は母の紀静子(きのしずこ)をそれぞれを祀り祭神にし、平安時代に創建されました。

守谷神社は東宮として町を流れる鞍馬川の川東にあったのが、近年の台風で社殿が破損したため、川西にある西宮・富士神社に合祀されて現在に至ります。

惟喬親王は文徳天皇の第一皇子であるにも関わらず、皇太子には第四皇子の惟仁親王(これひとしんのう【後の清和天皇】)が立てられ、当時の政治的な理由で惟喬親王が皇位継承される事はありませんでした。
それは母が紀氏の出身であり政治権力が弱かったのが影響したともいわれ、後々には朝廷を追われるまでの不遇に合うのが惟喬親王だったのです。

川を隔てて社を建てたのは平安時代の集落の形によるもの…つまり集落の東と西の境界を守る厄払いの意味があったと想像します。
ただでさえ自然環境が厳しい洛北の谷間いの集落で農作物の不作や大きな災害などが頻発し影響が長く続けば、それらの原因をが不遇の惟喬親王とその母の怨霊による祟りと考えて、祀り鎮めて集落を守ってもらうよに祈りを込めて神社が建られたのかも知れません。

であれば「近年」に東宮が壊れてしまった事は、その役目を終えた惟喬親王が母の元(西宮)に戻るという意思表示だったのだと、惟喬親王の不遇から想像するに思えてなりませんでした。

歴史を知り視点を変えると、此処の御焚火祭が厳かな神事であるのは、単に長閑な田舎の祭り風景だからではないと思えてきました。
恥ずかしながら御焚火祭の当日でさえ「二ノ瀬の神社」とざっくりしか頭になかったので、次回の二ノ瀬駅訪問では守谷神社と富士神社をしっかり参拝したいと思います。


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by hanashigai | 2017-11-18 19:00 |  ├ 祭り風景 | Trackback | Comments(1)

京都亀岡祭♯2

京都亀岡祭は23日・宵々山、24日・宵宮、25日・本祭の3日間で執り行われる鍬山神社秋季大祭。
京都亀岡祭の存在を知りスケジュール合わせしたのは24日の宵宮、見物客が多からず少なからずの風景を期待して会場を訪問しました。
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提灯飾りを終え、その灯りが山鉾の美しさを一層引き立てる頃、ポツリポツリと見物人の数が増え始めます。
でも私のようにパンフレットを見ながら位置確認してる人はごく少数で、殆どが地元の方々のよう。
地元の大人子供それぞれ同士が挨拶を交わす風景には、この亀岡祭がこの地域中心で継承されて、地域に大切な祭りであるのを改めて感じさせてくれます。
私は部外者ですが、そんな光景が日本にあるのは嬉しい事です。
隣の住人が誰かわからない!便利と引き換えに、そんな地域が多くなっているのも事実ですが、子供と大人が顔を合わせ、お互いの存在を知りながら暮らす地域が、我が日本にはまだまだ多いのかもと期待を込めて思いました。
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山鉾のある町会所では縁起物の御神酒が見物客に振るまわれ、町の子供らが演奏する祭囃子を大人の祭衆が見守り見物客が観覧します。
何処の山車祭りを訪ねても似たような光景があり、また山車の様式も同じようなものかも知れません。でも地域毎にそれぞれ個性があるのが見物していて楽しいのです。
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19時前から降り始めた生憎の小雨に祭提灯を撤去する山鉾もちらほら。

そんななか西町の八幡山は雨具カバーもしないで提灯を点したままお囃子の演奏が!
そんな粋な山鉾を前にしたら雨具なしの私だって、雨に打たれながらでも撮らせて頂くしかありません(笑)
祭りってのは何故だかそう言う気持ちにさせられますね。

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19時半頃には止む気配どころか大粒の雨に!コンビニに傘を買いに行くも売り切れ…雨具なしのまま再び祭り会場を撮り歩きました。

お囃子演奏中の柳町・高砂山前には見物客のみなさんが集まっています。
雨は鬱陶しいものですが、それも今期の亀岡祭・宵宮の風景♪濡れた石畳が会場の華やかさを倍増させていました。
カメラとストロボは大きめのコンビニ袋&手拭いでそれぞれカバーしてますが、ずぶ濡れで撮っているのは廻りを見渡しても私だけ…雨と寒さに負けて亀岡祭・宵宮の終了時間前に撤収となりました。

10月の23宵々山・24宵宮・25本祭の日程で開催される亀岡市・鍬山神社秋季大祭・亀岡祭は、京都府と亀岡市それぞれから無形民族文化財の指定を受けています。
祭りで出される山車11基の全てに「山」の名が付けられ「鉾」の名がつく山車は存在しませんが、祭りパンフには「山鉾」と記してあるので、私のブログ内でも山鉾と改めてます。
亀岡祭では木製車輪を備えた山車を鉾とし、それが全て揃ったのは今年の事(※山鉾の山は舁山を指しているようです)で鉾8基・山3基の山鉾があリます。
2016年までは鍬山も舁山でしたが、今年の祭りに向けて木製車輪を備えた鉾に復元され、全ての山鉾が出揃い本来の亀岡祭が復活した記念の祭年となったようです。

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by hanashigai | 2017-11-03 19:00 |  ├ 祭り風景 | Trackback | Comments(2)

八重山チャージ♯7

沖縄県石垣市竹富町に属する…いや八重山諸島の一つ、竹富島のお祭り「十五夜(ジュングヤー)」は子孫繁栄と健康を願う祭り。
竹富島も含め八重山地方のお祭りは旧暦開催が殆どですから、旅行で訪れた私が見物できたのは本当にラッキーでした♪

※突然に竹富島のお祭りなのは10/29から本日31まで、竹富島最大の祭り「種取祭(タナドウィ)」が開催されてたから。と、お祭り記事連投の流れに此れも乗せました(笑)
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「東集落(アイノタ)」の旗頭「太陽頭(ティダチカラ)」を先頭に祭衆が集落を練り歩きあいのた会館を目指す。

竹富島には東集落の他に「西集落(インノタ)」「仲筋集落(ナージ)」が在り、各集落にそれぞれの旗頭があります。
祭り行事は同時進行なので一人での同時撮影は物理的に不可能、自分がお世話になってる宿集落の旗頭を撮らせて貰って大満足でした♪

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あいのた会館前で旗頭を掲げるのも習わしです。
島内観光の水牛者が珊瑚砂の道を過ぎていき、八重山情緒たっぷりの風景が目の前に!

会館前の宝印帆の横に小さく写る人物は、沖縄写真家の大塚勝久氏。
同じ宿に宿泊でしかも相部屋!数日を過ごす間、個人レクチャーをいただきラッキーな時間を過ごしました。

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真っ青な秋空に向かって高く掲げられていくティダチカラは、まさに太陽が空を駆け上がり新しい世が始まっていくような荘厳な光景!まさか竹富島の中で御来光を拝めるとはラッキーではありませんか♪

フィルムカメラのニコンF3とニコンFE2で一枚一枚を巻き上げながら撮っていた時代で懐かしいです。

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この時はアイノタ集落の宝船が新らしくなった年で、組み立てと飾り付けの様子も見物できました。
この宝船は琉球地方伝統の漁船・サバニ造船職人さんの手造りと云う、かなり本格的な造りの船との事。


祭り法被を見ても分かりますが竹富島の祭りはとてもカラフル♪南の島の鮮烈な色彩が各所に感じられます。力強い太陽や鮮やかな木々・花々などは勿論、集落の家々も含めた島の風景色に負けて馴染んでしまわないように、ビビットな色使いがされてるのが印象的でした。




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by hanashigai | 2017-10-31 19:00 |  └ 八重山チャージ | Trackback | Comments(4)

京都亀岡祭♯1

京都府亀岡市で執り行われた鍬山神社(クワヤマ)秋季大祭・亀岡祭を見物しました。
永年京都に住みつつも此の祭を訪れたのは初めての事です。

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現地到着は17時過ぎで少し遅すぎたかな?と思いながらコインパーキングに車を停め、徒歩で祭り会場を目指します。
と言っても大体の方角に向かいテクテク歩き、ちょっと遠回りに(笑)町会所でパンフレットを貰って地図を見ながら、改めて祭り会場散策の開始♪

18時過ぎあたりから各山鉾に提灯飾りが施され、それまで歩いてきた道にも行灯が並べられていき、それらが灯ると一段と祭り風情が高まって行くのが感じられました。

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祭り会場が広いので閑散とした印象もうけますが、もちろん山鉾の近くでは祭風情ある賑わいがありつつ京都祇園祭のように人でごったがえす事もなく、山鉾と祭町内をじっくり撮って楽しめるのが魅力の亀岡祭です。
商店街通りには露店が連なり子供から大人まで大勢のお客さん!特に若い人達や子供連れファミリーはこっちがメインって感じで流れて来ちゃうようでしたが、それも祭りの楽しみなんですよね~。
※写真の神社が鍬山神社…では無く山鉾町の一角に在る形原神社です。


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by hanashigai | 2017-10-28 19:00 |  ├ 祭り風景 | Trackback | Comments(6)

有松山車まつり♯5


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祇園寺を出発した山車は有松鳴海絞会館前の「からくり競演」、松の橋(曳行する東側の橋)で「車切り」を行います。
写真は全て曳行の様子ですが、提灯を揺らしながら進む山車は力強い迫力と優雅さを兼ね備えていました。

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有松山車まつりの夜の部曳行では見物に来た幼い子供達も含め、だれでも飛び入り参加できます。
その事が此の祭りを数十倍も魅力的な光景に仕立てていると感じました。
神事として執り行われる祭と、人々が楽しみに参加できる行事を設ける有松山車まつり、大変に素晴らしいではありませんか♪
山車に繋がれた太くて重たい綱を初めて持ち上げた時の感触、子供たちはどんなふうに感じるのでしょうね♪
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山車が東向きに引き返して山車の車庫前に差し掛かると、楫方と関係者が揃って祭の無事を労い称えあっての一本締め。
「二車分かれの義」です。
此処で別れた山車はそれぞれの車庫に収められ、有松山車まつりが終わっていきました。
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山車の祭提灯に魅かれて見物に来た有松山車まつりでしたが、此処で過ごし見て聞いて体験した数時間は、とても充実した思いで深いひと時となりました

「有松天満社秋季大祭(有松山車まつり)」は愛知県緑区有松の旧町内(東町・中町・西町)有松東海道で開催される祭礼で市指定無形民俗文化財。※三基の山車は市指定有形文化財。
前夜祭・本祭(昼の部)・夜祭(夜の部)からなり、前夜祭と本祭は神事、夜祭は祭り行事として一般の方も参加して楽しめる。
祭りに曳き出す山車三基(1803~44年頃建造の唐子車・1873年建造の神功皇后車・1891年購入の布袋車)には曳行する楫方の他に囃子方が乗り込み、優雅なお囃子演奏がされ「からくり人形」の「からくり」も披露される。
有松は江戸時代に絞り染めの産地として栄えた地であり、その繁栄ぶりを伝え残す商家の町並みは、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定され、手仕事で造られる「有松絞り」は国の伝統工芸品である。
「美しい町・有松絞り・有松山車まつり」と見所満載に楽しめるのが10月第1日曜日の有松なです。


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by hanashigai | 2017-10-17 19:00 |  ├ 祭り風景 | Trackback | Comments(8)

大津祭・宵宮♯3


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夜の帳が落ちるのと入れ替わるように祭提灯が色鮮やかになって曳山が華やかに美しく浮かび上がってきました。
空に青色が残る僅かな時間帯の祭り風景の美しさは息を呑む程と言っても決してオーバーではありません。
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各曳山では祭囃子の音色が響きます。
くじ取り式の晩から約10日間、小さな子供からベテランの大人の囃子衆が、各引山町会所でお囃子の稽古に励んで、宵宮の曲目「ヨイヤマ」を披露します。
「ヨイヤマ」は本祭での演奏はなく、また大太鼓が使われるのも特徴なのだそう!
二日通して観覧できれば曲目の違いも楽しめるのですね♪

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まだ終わらないどころか、始まったばかりの大津祭・宵宮に後ろ髪を引かれながら帰路に着きました。
来年は宵宮と本祭をがっつり堪能したいと思っております。


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大津祭は大津市京町の天孫神社(四宮神社)の祭礼。過去には四宮祭の名で親しまれ、現在は湖国三大祭りの一つとされ「国重要無形民俗文化財」の指定も受けている。
祭りの起源は厳密には分かっておらず1598~1624年と考えられており、また豪華絢爛な曳山はいずれも江戸時代に製作されたもので、祭りを重ねるごとに曳山を徐々に増やし、現在までの曳山が揃うまでには約141年間の歳月を要したそうだ。
本祭では13基の曳山がお囃子とからくりを演じながら市内を巡航し、粽を撒いて湖国の繁栄を願う盛大な祭りである。
※写真は2017年の曳行順に左から並べられた厄除け粽。

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by hanashigai | 2017-10-15 19:00 |  ├ 祭り風景 | Trackback | Comments(4)

有松山車まつり#4 猩猩(しょうじょう)

ここで有松山車まつりに現れる神様のお話しを。
有松天満社秋季大祭の昼の部には「天狗」と「猩猩(しょうじょう)」が出現します。
天狗は皆さんよくご存知と思いますが、猩猩は如何でしょうか?
※私は有松祭で遭遇したものの帰宅後に調べてみるまで、何の神様かを存じておりませんでした。能の演目に登場するらしいので詳しい方はおられるかも・・・。
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有松山車まつりの猩猩さま(と天狗様)、もちろん福の神であるのは言うまでもなく、子供をみつけると手に持った団扇で頭を優しくポンポン撫でて、無病息災を願いお祓いしながら練り歩きする様子が見られます。
でも幼い子供達にはとても恐ろしい存在のようで、猩猩が近づいてくると小さな子供の殆どはワンワン泣きながら親の後ろに隠れてしまうか、逃げ出してしまう始末…まぁ、このビジュアルでは仕方ないかも知れませんね(笑)
2メートル超の巨体があり、猩猩さまについては「赤ら顔に歯を食いしばった独特の表情、
だらりと伸びた赤い髪の間から、カッと見開いた瞳」で見つめられたたま近づいてくるのですから、そりゃあ怖いでしょう(笑)

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猩猩さまも日本各地の伝説や昔話に登場し、山に居いれば海にも現れたりと、かなりアクティブな神様。
といっても古くは神様ではなく物の怪の類だったようで、歓迎されるよりは災いの元のような捉え方をされていた様子。

そんな猩猩さまも過去には七福神の一人になっていた経歴もあり「大酒のみであるからにして頭から全身が真っ赤に染まっている姿格好」は、よくよく見れば愛嬌があり親しみを感じる神様に見えてきます♪
夜の部で遭遇するのを楽しみにしてたのですが「昼間でもガン泣きする子供が続出」なのですから、流石の神さまも自粛されてるんでしょうね。

ウィキペディアで猩猩を調べてみるとズバリ「有松まつり」の猩猩さまが写真で登場しているのでなんだか嬉しいです\(^o^)/特に東海地方の祭りによく出没するらしいので、また遭遇できれば良いな~と思ってます。


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by hanashigai | 2017-10-13 19:00 |  ├ 祭り風景 | Trackback | Comments(4)

大津祭・宵宮♯2

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いつの間にやら霧雨は止んで濡れた地面が乾いてました!大津祭は晴れ空を呼ぶ祭りなのだそうです\(^o^)/
日が暮れる頃、13基の曳山と曳山町の祭提灯が灯り、あちらこちらから太鼓に笛の祭囃子が聴こえてきます。音色に誘われてか?次第に見物客も増え始め、あたり一帯がより一層祭りムードに染まっていき、宵宮らしい風景が作られていきます。

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それにしても、この大規模で優雅な大津祭を今まで一度も訪れていなかったのは勿体無いことでした。
宵宮は混むとは云っても身動き取れなくなるような混雑ではなく、それどころか私の基準では「がら空き」状態。
ゆっくりマイペースで祭り見物を楽しめますし、中には埒で囲まれてない曳山も多くあり、貴重な装飾の数々を充分に観察し堪能することができました♪

滋賀県大津市・大津祭は、岐阜県高山市・高山祭と同じく、祭り会場全体が大らかな雰囲気でとても心地好い印象のお祭りです。
我先にと事を先急ぐような方も見掛けませんし、全く見ず知らずの他の見物客さんとも和やかに接する事ができました。
かねてから思っていますが「祭り風景の美しさ」と云うのは「見物客も含めて一緒に作る風景」であると改めて実感した次第です。

ただし本祭の曳山巡航には十数万人もの見物客になるそう!曳山からは粽を撒くのが恒例で、それを求めて観客が殺到するのでパンフレットには安全への注意書きが記されています!粽の争奪戦は相当に熾烈なのでしょうね。



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by hanashigai | 2017-10-12 19:00 |  ├ 祭り風景 | Trackback | Comments(4)

有松山車まつり♯3

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山車に祭提燈飾り付けが完了すると「夜の部」がスタート。
空の青と提燈の灯りのコントラストが美しい時間帯。
とても幻想的な風景がありました。

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それぞれの町の囃子方の列が「笹提燈」を掲げ東町を出発して、山車が待機する西町の祇園寺前を目指します。
山車に到着するとそのまま山車の周りを3周してから囃子方が山車に乗り込みました。「囃子込み」です。

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さあ、いよいよ山車が動き出しました。
200個以上の祭提燈で飾られた山車は、お囃子を鳴らしながら西町に向かって曳かれて行きます。



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by hanashigai | 2017-10-10 10:10 |  ├ 祭り風景 | Trackback | Comments(4)

大津祭・宵宮♯1

一週間前に行った「有松まつり」のレポも書き終わらないうちですが、昨日、滋賀県大津市の「大津祭・宵宮」に訪れましたのでその様子を紹介いたします。
隣県で開催されるにも関わらず初見物です!祭り会場へは道中が混雑するのでなんとなく敬遠してたお祭りです。
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会場に到着した14時前はまだ小降り雨…全く勝手がわからないままに祭会場を歩いていくと、通りのあちこちでお囃子が鳴り、曳山が曳かれていく場面に遭遇♪※曳行は翌日の本祭が本番ですから、それの試し曳なのか?ある程度進むと引き返していました。
本祭の日は仕事なので、この日に曳行の雰囲気を味わえラッキーでした。
そして天孫神社の境内では祭風情を盛り上げる露天屋台も出ていて賑やかです!

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京都の祇園祭でもそうですが、曳山などの巡行では近くに寄るよりも、見物客越しに眺めたり撮るのが好きです。
お囃子の演奏が徐々に大きくなり、路地の建物の陰から大きな曳山が現れる瞬間の迫力、そして曳山が通りの奥に消えても尚、お囃子が聴こえ徐々に遠ざかって行くような、祭りの余韻が漂うのを感じて楽しむのです。

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粽などを販売していた祭乙女がやたら可愛いので一枚お願いしました♪お二人の可愛さに引き寄せられ、粽を購入するオジサンは多いことでしょう。
もちろん私もその一人だったのは言うまでもありません(人´∀`)

後日#2も掲載します、引き続きお付き合いください。


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by hanashigai | 2017-10-08 19:00 |  ├ 祭り風景 | Trackback | Comments(4)