思い出の冬ショット♯2

「思い出の冬ショット」なのに晩秋かよっ!って怒られそうな写真ばかりになってしまいました。
ちなみに全て12月中に撮ったものです。

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画像をセレクトしながら、今さらながら「冬っていつからいつまでを指す」のだろう?と、日本は沖縄から北海道まで縦長の国だし、一つの枠に入れるのは無理があるのは承知ながらも思いました。

真っ先に思いついたのは二十四節気だけど、春分・秋分・夏至・冬至や立春・立夏・立秋・立冬などなど言葉は知っていても、自分の生活に根ざしているわけでもなく恥ずかしながら、ちゃんと知っているわけでもないです。
自分の感覚で冬は12月~2月いっぱいとザックリした範囲。
ちなみに【春:3月~4月いっぱい】・【夏:6月~8月いっぱい】・【秋10月から11月いっぱい】・・・そして私の場合【5月いっぱい543+-*は晩春&初夏】で【9月いっぱいは晩夏&初秋】って感じです。
その節季の暦(笑)を二十四節気と比べれば当然ながら大幅にズレがあります。

そもそも古代中国で考案されたらしい二十四節気だから、それをそのまま日本にブッ込んでもズレがあって当たり前だろう!?と、発祥した地域を調べてみたら、今の河南省を中心に山東省西部・河北省南部・山西省南部・陝西省東部と、広大な範囲を指した中原地方らしい。
その中原地方の緯度とか、地帯海抜はどれくらいかや、気候や気象現象を生み出す気団などついて調べて、どれだけ日本の気候風土と類似してるかを比較しているうちに力尽きました。
もともと原産国が違うのだから月と季語にズレがあって当たり前で、立春・春分・立秋、秋分・立冬などを例にしても、その言葉に体感的な違和感がとても大きくて、素直にその日を受け入れられない年も多いのは仕方ないと、今更ながらに思わせられた次第です。

「現代日本の季節感により合った二十四節気」を作ろうと、2011年に日本気象協会を中心に組織委員会を立ち上げ、専門的な識者の意見だけに頼らず、一般公募もしながら現代日本の気候や風土、習慣に合った二十四節気に修正してまとめようとの素晴らしい動きがあったようです。
しかしその動きに異を唱えた俳句愛好家たちから猛反発をくらい「日本版二十四節気」の話しは頓挫してしまったのだそう。
俳句と言えば中国から伝承した二十四節気の季語を使って詠むものですから、愛好家からすれば「古くから親しまれてきた季節感と、俳句文化の軸となる季語を今更変えられない」って事だったらしい。
でもそもそも発案者である日本気象協会は、強制的に二十四節気を現代版と差し替えて従来の物を廃止にするなんて意図なんぞなかったらしく(当たり前の事だけど)、そんな大誤解を解くための機会を設けて説明を続けていたらしいのだが・・・。
俳人の方々は二十四節気を愛し精通しておられ、普段からそれに沿った季節感の中で過ごしてインスピレーションを得られてるだろうから、そんな自分たちの生き方が阻害されるのを危惧しての猛反対だったのだろう。
でもそれって被害妄想かも・・・だって単純に選択肢の問題だけだから。
まぁ、気象協会も気象データなどに基づいた日本版を作って、それを受け入れてくれる人たちに使って貰えば良かっただけなのに、結果的に「季節のことば選考委員会」に組織を変えて「36個の季節の言葉」を選定するに留めたってのが、なんか「弱腰で事なかれ主義の今の日本政府」みたいと思いました。


# by hanashigai | 2019-02-23 12:00 | 日本の四季彩 | Trackback | Comments(2)