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盛り沢山だった湖東巡りの一日

湖東一日巡りレポも今回のポストが最終回です。
はじめに近江鉄道・高宮駅を紹介したので時系列順では無くなってしまってますが、甲良・豊郷とくれば勿論のこと多賀へも行かないと♪
なので次の機会には脚を運ぶつもりだった「多賀大社」をお参りしました。
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さて多賀大社は古くから「お多賀さん」として親しまれた滋賀県第一の大社であり、全国に239社も分祀社があることでも多賀大社の信仰の広さが伺い知れます。
多賀神社を記した最も古い記録は「古事記」の【伊邪那岐大神は淡海(今の近江)の多賀に坐すなり】とあり、少なくとも1307年の歴史を持つ古社!
日本人の総氏神である伊勢神宮とご縁があると言うので調べてみると「伊邪那岐大神(父神)」「伊邪那美大神(母神)」がご祭神に祀られる古社でありました!要するに伊勢神宮に祀られる天照大神のご両親がご神祭の神社なのです!!
甲良東小学校から近いと言うだけで何も知らずに参詣し、なにも知らずに帰宅した私ですが無知とは恐ろしいものです。

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「お伊勢参らばお多賀へ参れ お伊勢お多賀の子でござる」
近江鉄道が高宮駅から線路を伸ばし「多賀駅」を開業させた事で、赤字脱却どころか大幅な黒字転換がなされたと知った時「なんで?」と疑問に思ったのですが、今思えば駐車場には私も含め他府県ナンバーの車が多かったですし、全国から訪れる参拝者は年間170万人にもなると言うのですから、まだマイカーが普及してない時代には多くの参詣客が利用したことでしょうから、近江鉄道の救世主となったのも頷けます。※残念ながら現在の近江鉄道・多賀大社線は赤字路線。
多賀大社前駅から伸びる参道は、お土産屋などが軒を連ね、朱灯籠と石畳風の道が趣ある参道風景のいっぽうで、営業を止めてしまった旅館も幾つか見られ、かつてのお多賀詣での賑わいを偲ばせる光景に一抹の寂しさも感じつつ参道を歩きました。
それはそれで現代の旅情なのでしょうね。

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大きな御神木に囲まれた小さなお社の佇まいに美しさを感じてお参りしたのは多賀大社の摂社「日向神社」です。
日向神社は延長5年(927年)の神名帳の式内社(延喜式の神名帳に格式が記載されている社)であることから、当時朝廷から重要視された神社なのがわかります。
もちろん帰宅後に調べて知りました(汗)

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日向神社は西参道入り口の正面にあり、境内沿いのお堀と鎮守の森が厳かな雰囲気をかもし出していました。
お堀を渡り鳥居をくぐるとガラリと空気が変わり神聖な場所であるのを感じ取ります。
多賀大社正面の入り口から少し離れているぶん人が少なく、賑わいと開放感のある大きな多賀大社の拝殿とは対象的な佇まいです。

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甲良東小学校の再訪問に向かう途中に「藤堂高虎公」にまつわる色々も見つけました。
道沿いに立つのぼりに【藤堂高虎公出生地】と記してあり「誰だったっけ?」と、そのまま車を走らせて数分・・・「築城の名手やん!」と思い出したので、直ぐに引き返して付近を散策しました。
歴史の人物などにまったく疎い私ですが、藤堂高虎公は宇和島城も築城した武将なので思いだすことができました。

そして高虎公出生地の碑の近くには、高虎公のご先祖である藤堂景盛が建立した在士八幡神社も。
八幡神社には子孫繁栄を祈願して景盛が植えた樹齢400年以上にもなる大きな藤の木(鳥居の右横のワサワサ茂る木がそれ)があり、毎年5月には房が1mにもなる花を沢山つけるそうです。
※藤の花はその姿が可愛いですが、藤に集まるクマバチもコロコロしてメッチャカワイイのでセットで好きです♪
普段は銅像を撮ったりしませんし、出生地などにも全く興味ない私ですがご覧のとおりでございます(笑)

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甲良町の小学校旧校舎がきっかけで様々な新しい発見と嬉しい出会いに恵まれ、濃密な一日を過ごした湖東巡りでした。

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Commented by milletti_naoko at 2019-09-10 06:47
多賀神社には、あの国産みのイザナギとイザナミが祀られているんですね。このニ神から天照大神が生まれたことも初めて知って興味深いです。今それだけ路線を利用する人が減ったということは、皆が車で移動するためばかりではなく、参道もかつてほどのにぎわいがないということは、それだけ参詣する人が少なくなっているということで残念ですね。歴史ある多賀神社の境内も興味深いですし、個人的には、伝統的な日本家屋の造りをしているのに、濃いピンクの壁をした家が気になりました。イタリアではこういう壁の住居も時々見かけるのですが、木造住宅でこういう可能性があるのだと驚いたのです。藤堂高虎公が宇和島城を築いたこと、ご存じだった放し飼いさん、すばらしい!
Commented by hanashigai at 2019-09-11 20:51
>なおこさんへ
もちろん天照大神は知ってるのですが、お恥ずかしい話で「伊邪那岐大神」「伊邪那美大神」と案内に記されていても、その時は特に何も思わなかったのです。
国創りの「イザナギ・イザナミ」とカタカナでは覚えてるのですが、この時はその文字が上手くリンクしませんでした(汗)

確かに参道の賑わいは最盛期と比べると「人がいない」レベルと思いますが、自動車交通が発達した影響を強く感じるのは、マイカーが夢のひとつだった時代(多分昭和40年代後半まで)だと、公共交通が当たり前の交通手段ですから、そんな時代では多賀大社界隈で食も宿も用意した参拝者が多かったり、近くに中山道があるので多賀はもちろん甲良・高宮・豊郷の全体が第二の目的地として地域全体が栄えたのだと思います。
今は時間制約なしに移動できるマイカーが圧倒的に多いので、わざわざ宿に泊まらずに済んだり、またあるいは「お参りと食と宿」の距離があってもを別々に自由に時間を気にせず移動できるメリットが凄く大きいと思いました。
実は先日、両親を連れて再び多賀大社さんをお参りしましたが、参道町を歩くことすら無く(疲れるから車で待っておくと!)、そしてお昼は寿司(もちろん回ってるやつですが)を食べたい等と勝手な事を言い始める始末で、やはり楽に自由移動できる弊害の部分が強調されたようで私的には少し残念でした。

濃いピンクの建物によくぞ気付いてくれました♪今も現役らしい老舗料理旅館「かぎ楼」です。
美しさと気品がある一方で妖艶な魅力を漂わせていて、界隈でも圧倒的な存在感と異彩を放っていました。
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by hanashigai | 2019-09-10 00:00 |  ├ 滋賀・奈良・関西 | Trackback | Comments(2)