カテゴリ:鉄道風景( 17 )

大阪・阪堺電車、チン電の旅

前回の「大阪食いだおれツアー」の流れで「阪堺乗り鉄」もうちょっとやります。
もちろんこの日が初の「阪堺電気軌道」です。
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先ずは、えびす町停留所に到着したチン電の運転手さんから、阪堺電軌一日乗車券「TAKETAKEきっぷ(大人¥600-/子供¥300-)」を購入しました。
年/月/日にちの部分をコインで削って、利用する日にちがわかる仕組みの一日券は、ユニークで楽しい切符ですね。
※阪堺電軌は何処まで乗っても一回乗車¥210-の激安運賃ですから、大してお得感は無いと感じるかも知れないけど、この日は四回乗り降りしたので、一回分お得に乗れました♪
皆さんも是非、阪堺電軌の一日切符で乗り鉄してください。 

出発前に昭和レトロな停留所構内・職員室の軒下の丁寧な作りなど見ながら、駅の佇まいに沿線風景への期待が高まる私(*´∀`*)

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出発時刻が迫ると乗客がチラホラ。
ホームが地面に近くて、電車の中には段差高めのステップが二段ある懐かしい車両。
正直ラッピングカラーは好きじゃないけど、今の時代はしかたないですね。

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大阪我孫子は聞き慣れた土地名だけど、訪れるのはもちろん初めて。
乗ってきたチン電を撮ってる私を見る大阪のおばちゃんの笑顔にほっこりしつつ、振り向くと両親はスタスタ勝手に歩いて行ってます。大阪のおばちゃんとおしゃべりしたかった~。
そして入線してきた見るからに上等な電車は堺トラム。堺市が支援して導入した車両なのだそう♪公共交通に力を注ぐ市政、いいじゃないですか~\(^o^)/

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停留所を出ると目の前に「あびこ道商店街」があったので散策してみました・・・が時間帯のせいでしょうか?シャッターの降りたお店ばかりで残念。肉屋さんの揚げたてコロッケとか食べたかった。
直ぐ前を通る電車の音が静かな商店街に響き、少し寂しい気持ちになりましたが、界隈には住宅なども多いので、商店街としてのポテンシャルはある筈。
京都の升形商店街(出町商店街)のような活気のある商店街風景を取り戻してほしいです。

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停留所前の粉もん屋さんで買った、持ち帰りたこ焼きを三人でハフハフつまんでたら、大阪のおばちゃんがニコニコしながら「あら、ええもん食べて美味しそう♪」と、京都では絶対ないよなぁ~って嬉しく思いながら少しおしゃべり。
おばちゃんは一つ早い電車に乗らはりました。
皆さんも阪堺電車で沿線地域に暮らさはる、大阪の優しいおばちゃんに会いに行きましょう。

反対線路にやってきた鮮やかオレンジ電車のレトロな風貌に一目惚れしつつ、視線の向こうにも電車がズラリ。
ここ「あびこ道」は阪堺電気軌道株式会社の本社と車庫があるんですね!ざっと見た感じはローカルちん電のイメージには似かわしくない大きな車庫!ここらは一人で来た時に歩き倒してみようと思います。 

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「あびこ道」から折り返して降りたのは「住吉鳥居前」
大阪の新年初詣といえば「すみよっさん」のイメージがあるほど、その賑わいが超々有名な「住吉大社」ですが、その「すみよっさん」の目の前に、阪堺電軌の電停があるなんて想像もできませんでした。※大阪住吉大社は初詣客数で、ほぼ全国第二位!もちろん大阪第一位を誇る神社です。

路面電車区間であることもローカル鉄道風景として素敵ですが、電停のむこうに見える鳥居、または住吉大社の境内から眺める阪堺電軌の風景が本当に素晴らしかったです。
「ザ・昭和ノスタルジック」な、この風景で一杯呑めそうな佇まいは、まるで鉄道模型ジオラマ(っていうのかな?)のようで、好い意味で出来過ぎな空間となっています。
阪堺電軌に乗ったら「すみよっさん」にお参りして、この風景も楽しみましょう\(^o^)/

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再び電車に乗って「あべのハルカス」を見に行った後、「天王寺駅前」~「住吉(乗り換え)」~「えびす町」まで戻って、この日の阪堺乗り鉄を終えました。

上画像は乗り換えの為、住吉電停に降りた時のもの。
車両・歩行者が頻繁に往来するのに遮断機が無い(沿線の至る所に遮断機の無い場所がある)のに驚き、地面に眼をやればアスファルトの隙間から見える石畳が、この道は古くから住吉大社への参道であるのが伺えたりと、そこかしこに取り残された時代の断片があるようで、今回は住吉・住吉鳥居前の各停留所あたりが面白いと思いました。
いつか一人で思いっきり「阪堺+南海乗り鉄の旅」をしたいです\(^o^)/
何故に「南海」もって?それは今の阪堺電気軌道があるのは、南海電気鉄道あっての歴史があるからです。
皆さんも「阪堺電軌乗り鉄(乗り軌?)」を是非やりましょう♪

それにしても大都会の大阪に、こんな風情たっぷりのローカル鉄道が残っているのが凄い。

「阪堺電気軌道株式会社」の始まりは1897年(明治30年)の「大阪馬車鉄道株式会社」設立まで遡ります。
設立後、時代の流れとともに変わる大株主の影響か?「大阪電車鉄道」「浪速電車軌道」「阪南電車電軌」「南海電気鉄道」「南海鉄道」「近畿日本鉄道」 と十数年で度々改名され、現在の「阪堺電気軌道」に落ち着いたのは1910年(明治42年)のこと。
※現在は南海電気鉄道グループの軌道事業子会社(100%株主)として運営。

戦時中は従業員の戦地召集により乗務員の不足を女子乗務員で補ったり、また1945年(昭和20年)3月13日~7月10日までの数度に及ぶ大阪・堺大空襲では、大和川車庫や大浜支線が爆撃され車両の焼失や駅・線路に甚大な戦災被害を受けるなどした悲しい歴史もあります。
戦後の高度経済成長期には堺を走る阪堺電気軌道は大活躍して、大阪の戦後復興と経済発展に大きく貢献したのは云うまでもありません。

1980年(昭和55年)11月28日には平野線(開業1914年4月26日・西成区の今池~平野区の平野間・11駅・5.9km)と、大浜支線(開業1912年4月1日)堺市の宿院~大浜海岸間・6駅・1.6km)が共に廃止(※共に明治後期に計画され大正になって間もなく旅客営業がはじまった路線。※大浜支線は1949年(昭和24年)3月3日から休止されていた路線)となり、2016年1月31日には上町線の住吉から僅か200m伸びる住吉公園停留所が廃止されました。
※グーグルマップで「南海住吉駅」を検索、航空写真をクローズアップすると廃止前の軌道が見れます(2018/11現在)ので、写真が更新される前に必ずチェックしてください(笑)

現有車両40両弱の中には1923年(昭和6年)に導入され今年現役90年を迎えた車両や、堺市と国の補助により2013~15年までに新規導入された、3両のLRT超低床式電車「堺トラム」など、新旧車両が走っているのも特徴的。
さらに上町線・天王寺駅前が新しい駅舎となり、更に天王寺駅前~阿倍野区間が併用軌道から近代的な専用軌道への新規移設整備工事を終え、2016年12月から運用が始まるなどして活気があります。

大阪唯一の路面電車であること、運が良ければ乗れるかも?な現役90年のチン電など「阪堺電気軌道」は、今最も乗り鉄すべき鉄道の一つではないでしょうか。
HPに掲げられた「暮らしがある。未来がある。ずっと息づく軌道がある。」のキャッチフレーズどおり、沿線の暮らしに寄り添い、歴史を絶えさせずに走り続けて欲しいと願いましす。


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by hanashigai | 2018-11-06 12:00 | 鉄道風景 | Trackback | Comments(4)

鉄道で泣いた日#4 トワイライトプラザ

駅のベルが鳴り車掌さんの笛を合図に列車の扉が閉まる。動き出すと直ぐに加速していき数十秒でホームから下の鈍く光る鉄路が姿を現した。
そして次第に遠く小さくなっていく青い客車の後ろ姿をずっと見送くる少年もいる。
少年の首にぶら下げたフィルム一眼カメラから鉄道好きのなのが伺える。

駅員も乗客もいなくなり閑散とした駅ホームに残っているのは、さっきの少年、既にオヤジの私、そして鉄錆と機械油が混じった臭いだけ。
ホーム下に眼をやると、車輪が接する部分だけがピカピカに輝く線路と対照的に、鉄粉が降り積もった枕木やバラスト石が錆色に赤茶けて佇んでいた。

と妄想炸裂でスタートした♯4、いよいよシリーズ最終回です。
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トライライトプラザは駅ホームを模した屋外にトワイライトエクスプレスとブルートレインの機関車と客車(寝台車)が六両展示中♪このエリアは夕方以降に撮るのが雰囲気ありそうなので次回にチャレンジしようと思ってます。

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窓の映り込みが激しいのに加え、トワイライトエクスプレスの客車はスモークガラスなので、それらが窓からの覗き見(笑)を阻みます。美しいテーブルセッティングと落ち着いて気品ある客車内の様子が、この列車での優雅な旅を物語っていました。

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そして隣にはブルートレインが鎮座。私には思い出がいっぱい詰まった懐かしい列車がブルートレイン。
此れだけは客車内も見学したかったなぁ。しつこいけど此れだけはスタッフさんを配置してでも客車内見学できるようにして欲しいなぁ(^q^)

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こちらはA寝台客車の様子。上写真のように昼間は下段ベッドのスペースを向かい合う座席として使いました(※座席上の上段ベッドは常にセッティング済み)
上段寝台にはスライド式遮光板付の小窓がありベッドに入っても外を眺めらます。ワクワクして上段ベッドからの車窓を楽しみにしたけど、当時の夜の車窓はただただ暗闇の中を走る感じで、踏切音と共にたまに迫って来て通り過ぎていく赤い点滅が見える程度で退屈でした。そして夜中の途中停車駅は寂しくてちょっと怖い風景に見えたのも印象的でした。

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上写真はA寝台の下段ベッドがセッティングされた様子。時間が来て乗務員さんが座席をセッティングしてくれると広いベットが現れ、幼い子供にはたまらん遊び空間になるのです\(^o^)/ハシャギすぎる兄弟を母が注意しても効かない事態に、ついに父の鉄槌を食らったのも今では良い思い出です。

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かつては日本中で活躍したブルトレでしたが2015年3月に定時運行終了になり、その年8月の臨時列車運行を最後にブルトレ60年の歴史が終焉しました。寂しさは否めませんが、それも時代の流れですから仕方ない事ですね。
京都鉄博の本館には幾つかのヘッドマークも展示してあり、その中には私が乗車した「瀬戸」のヘッドマークが!此れは嬉しい再会でした♪

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上は私家族が東京に居た頃、父の生まれ故郷の愛媛県宇和島市に里帰りで利用した「寝台特急瀬戸」「特急しおかぜ」「宇高連絡船」切符を今も残してあります。
西調布~新宿まで京王線、新宿~東京(上野?)まで山手線、そして東京駅から寝台特急に揺られ宇野駅まで、そして宇野港~高松港は約一時間の船旅、四国の北側を列車でぐるりと高松駅~宇和島駅までと、片道が延べ二日間近くの長旅が約(たった)30年近く前まで実在したのです。
昭和オヤジなら誰でも一つや二つはある懐かしい思い出ですよね\(^o^)/

京都鉄道博物館の貴重な所蔵品の数々を目の前に、それら展示品から発せられる膨大な情報量は一回の訪問なんぞでは到底観きれるものでないのを、本館一階フロアの1/4程度を歩いただけで理解しました。
それは博物館は単に珍しい展示物を観て驚いたり、歴史をただ懐かしんで終えるだけの箱空間に留まってはいない、博物館本来の姿があったと云う意味で、例えば圧倒的物量の展示物の中から幾つかでも興味を見つけ出せれば、それを記憶・記録として持ち帰った後の楽しみも格段に増えていきます。

私の事で云えば、此処で興味を持った事を更に掘り下げて調べてみることによって、全く別の形に展開していき、更に新しい興味へと果てしなく広がっていく「扉」の存在もありました。
前回ポスト♯3の年表の東京オリンピックや東京タワーは誰でも知るエポック的存在なので表記しましたが、新幹線デビューの1964年には自動車メーカー・ホンダが世界最高峰自動車レースのF1グランプリに日本メーカーとして初参戦したり、戦後初の国産旅客機YS-11型が本格運用され始めたり、またその前後数年で調べると、1960年代は「新時代の幕開け」を日本の国全体、各家庭のお茶の間規模で感じられる時代だったのを知りました。

鉄道博物館の展示品を通して、知った「小さな点」は日本や世界の歴史を知る切っ掛けにも充分になりえる「増幅する点」であり、繋がった線上にある「様々な点」は、いく枝にも分岐しながら、人によってはやがて世界にまで繋がってしまうと云っても決して大袈裟でなく、人それぞれの展開による「点と線」が作れる魅力に溢れていました。

妄想力だけは一人前の私には刺激十分なワンダーランドが京都鉄道博物館でありました。


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by hanashigai | 2018-01-28 19:00 | 鉄道風景 | Trackback | Comments(6)

鉄道で泣いた日#3 プロムナード

さあいよいよ0系新幹線が展示してあるプロムナードエリアへ
と言っても、京都鉄道博物館の屋内展示を観る為にはプロムナードエリアは通り道なので、この日2度目の観覧です。
※入館してエントランスを出るといきなり0系新幹線が視界に飛び込んでくる此処で、テンションが上がっていくのを感じながら「自らを落ち着かせるために」一旦あえて軽く流す感じにとどめておいて、先ずは本館に入ったのです。まぁ本館でも直ぐにテンションMaxになっちゃうんだけどね(笑)

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0系新幹線の先頭車両って形が好いよね♪此の時代の鉄道において確立されていた鉄道技術の最上級が新幹線電車。限界速度やエネルギー効率を追求するだけでなく「格好良さ」も意識してバランスされたデザインだと思う。

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これを撮っている時、春休みか夏休み時期に再訪しようと決めた。駅ホームに入線した新幹線と大勢の乗客が居るイメージで撮りたいんです。

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新幹線は運転台の見学が出来ます。0系の乗務員用扉の幅がやたら狭くて驚いた!新幹線電車の運転乗務員になるには体型制限もあったのかも?仮にそれなら乗務員さんにとっても「夢の超特急」だったのだろうな~。
中に入って見学可能な客室は座席が外されて資料展示室になってたけど私には物足りなかった。「夢の超特急・ひかり号」の称号が最も相応しい0系新幹線電車の展示資料にしては、あっさりし過ぎていると思ったので。

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このショットはかなり気に入ってます。在来線と同じホームに新幹線が入線なんてことは無かったのだろうけど、こんな風景を当時に観たような気持ちになってきます。もっと駅ベンチとか時刻表とかも展示して全体を作り込んでもよいのでは?と思いました。

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新幹線の車窓から。こう云う見え具合が凄く好き(笑)実際に鉄道旅をしてたら、こんな光景とすれ違っていたのだろうな。それにしてもブルトレ格好良いね♪

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小さなお子さん連れの親子が迫って来たので狙ってみる…と、この時ファインダーに映し出される光景に、発車を待つ車両と列車から降り改札に向かう親子に見えた。

プロムナードエリアには0系新幹線電車の他に蒸気機関車・ディーゼル機関車・在来線電車や寝台客車など、計12両の鉄道車両が展示してあり見応えたっぷりである。


0系新幹線電車は1964年(昭和39年)10月1日の東海道新幹線開業に合わせて開発・製造された「未経験の新技術は盛り込まずに経験実証済みの技術を集めて製造し、さらに将来の改良余地を残す」手堅いコンセプトで開発された初代新幹線電車である。

敗戦から約11年後のまだ決して潤沢ではない日本経済のなか発案された新幹線計画が、後に日本の戦後復興を象徴し、また経済を牽引するリーダー的イメージの役割を期待された一大プロジェクトだったのは皆さんが知る通り。

そして東京オリンピック(1964年10月10日~10月24日)開催までの時間的猶予が、計画発案から約8年間しかない中、車両開発・運行システム設計整備・駅や軌道線路等各施設の建設整備・乗務員の運行訓練などなど短いスケジュールの中で終えるには、手堅いコンセプトで作らざるを得ない事情もあったと想像する。

それでもあの時代に計画当初から確実性・安全性を万全に整えつつ新幹線開発計画を進め、世界初の高速鉄道、夢の超特急として完成させた日本の新幹線は、その後の世界の高速鉄道開発への影響・発展に貢献した筈。
日本の新幹線計画と0系新幹線電車は紛れもなく「世界初・完全オリジナル・日本クオリティ」であり、世界の高速鉄道の礎としての存在であるのは間違いない。

1945年09月02日:ポツダム宣言調印・太平洋戦争終戦(日本のポツダム宣言受諾は同年8月14日)
1956年05月10日:東海道新幹線実現可能調査開始。
1957年06月29日:日本電波塔(東京タワー)着工。
1958年12月19日:新幹線計画の承認。
1958年12月23日:東京タワーオープン。
1959年01月10日:東京タワー運用放送開始。
1959年04月20日:新丹那トンネル熱海口で起工式(着工)
1961年05月01日:世界銀行融資から新幹線計画に貸付け承認。
1962年05月**日:試作車完成(同月21日より試作車の走行試験開始)
1964年07月01日:東京~新大阪の約500キロ全線開通(同月25日より全線試運転開始)
1964年10月01日:新幹線の営業運転開始。
1964年10月10日:東京オリンピック開催

※1964年(昭和39年)10月1日~翌年10月31日までは東京~新大阪を4時間で運行。ひかり号が同区間を3時間10分で運行したのは同年11月1日からであった。
※当時の欧州の高速鉄道(時速200km/h超の設計速度を持つ)は、1966年・西ドイツが在来線の最高速度を引き上げて運行開始したが、高速新線開業は1991年6月まで待つ事となる。フランスは1967年から本格的研究を開始し、営業運転は1981年09月27日からの事で、新幹線開業から実に17年後の事である。
※0系の系列称は1980年(昭和55年)の東北・上越新幹線車両200系の登場により、系列分類の必要性によって与えられた系列称である。

♯4につづく


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by hanashigai | 2018-01-21 19:00 | 鉄道風景 | Trackback | Comments(14)

鉄道で泣いた日#2 京都鉄道博物館本館

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「ボンネット特急・こだま」の運転台に入ってみて、このずうたいからは想像してなかったシンプルな運転操作機器たちに半ば拍子抜けしながら驚く。
此れは此の時代の標準的な列車運転台システムだったのか?日本初の特急専用電車を開発するにあたって極力簡素化させたのか?
蒸気機関車や航空機とまではいかないけど、もう少し複雑なイメージをしてたので。
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本物の同系車両があるのに模型が展示されてあるのも面白い。
昭和40年代の大阪駅の様子っぽい模型は、時計の針が8時50分を指し示していた。
朝の出勤か?夜の帰宅か?を考えてみて、ホームに灯りがある事と客の少なさから、残業や出張先から帰宅するサラリーマンの風景を想像しながら現像してみた。

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兎に角「懐かしいな~」と思わず声が出てしまう展示品だらけ♪でもその全部を撮るのは相当に難しいミッションとなる。
窓越しの客室や硝子ケース内等の展示品を撮る為にPLフィルターを持参したけど、全ての場面で有効打とはいかない。

そんな中、硝子ケースに宇高連絡船の資料とジオラマを発見し心躍った…いやメッチャ萌えた。宇野(岡山)~高松(香川)の瀬戸内海を結ぶ運搬連絡船フェリーは船に引き込み線が接続されており直接貨物列車を運搬した。
約30年前(1988年・昭和63年)までは瀬戸大橋(後の明石海峡大橋も含め)は無くて四国は海の向こうの地だった。

平成生まれの方たちは???な話だろうけど、例えば平成元年は1989年、【マツダロードスター(初代)・NHK衛星放送開始・消費税3%施行・魔女の宅急便(宮崎駿)・ダイハード(ブルースウィルス主演)】等の出来事や流行を振り返ると、つい最近と言いたくなるのは私だけか?

更にしつこく♯3につづく。


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by hanashigai | 2018-01-16 19:00 | 鉄道風景 | Trackback | Comments(8)

鉄道で泣いた日#1 京都鉄道博物館本館

2016年4月29日に開業した京都鉄道博物館、一年半が経ってようやくですが昨日行ってきました。
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入館券を買ってエントランスを抜けプロムナードへ。お目当ての一つだった「0系新幹線」がいきなり登場!しかも先頭車両だけでなく客車を連結してあり、駅ホームを模した展示が「幼い頃に乗った記憶」を蘇らせます。このプロムナードエリアだけで12両もの鉄道車両が展示されてて、入館直後いきなりテンションマックスに。
そして本館1階フロアに入るとドーン!もう一つのお目当て国鉄カラーの特急たち「L特急・雷鳥」「寝台特急・シャレー軽井沢」がお出迎え(人´∀`).☆.。.:*・゚
ずっとハイテンション、ワクワクの一日が始まっていきます\(^o^)/

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国鉄時代の車両たちはその造形はもちろん車体塗装デザインが格好良い♪
この「L特急・雷鳥」は新大阪~金沢間を結んでいたので当時は湖西線を駆け抜けていた。でもその頃は「鉄道に興味がなかった」ので、その雄姿を見た記憶さえもないのが残念(;_;)

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「100系新幹線」も既に懐かしの車両。家族旅行や会社員時代に仕事でお世話になったなぁ。
初対面の「500系新幹線」には地上のコンコルドをイメージした。横から眺めるととんがったデザインが超イケてる♪
そして「L特急・雷鳥」は今「サンダーバード(雷鳥の英名・もちろん新型車両)」の名で同じ区間を走る。
ブルートレインの総称で親しまれた寝台特急は、様々な名称で日本中を走っていた時代があった。此処には「さくら」のヘッドマークを付けた電軌機関車が展示。

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本館一階は「鉄道のあゆみ」「車両のしくみ」「鉄道の施設」のテーマ別に本物の車両・模型・その他の沢山の資料と共に構成展示されており、日本鉄道の歴史と進化を年代を追って解る仕組み。とにかく情報量がハンパないので本館一階フロアを観るだけでも軽く2時間以上は掛かる鼻血ブーもんの鉄道天国が此処です。

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昭和35年(1960年)製造の可愛いフォルム!ちなみに電車ではなくディーゼル機関で動く列車なのだそう!!すなわちまだ電化されていなかった国鉄路線に特急列車として導入されたというもの。

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「雷鳥」「くろしお」「シャレー軽井沢」の車内を窓越しに。
左上「雷鳥」は折り畳み簡易テーブルが椅子背もたれにある形で、なんとなく馴染みがあるデザイン。旅客機ボーイング737もエコノミークラスはこんな感じだしね。
右上「シャレー軽井沢」は座席椅子の奥にカーテン付き寝台が見える。これで週末(金曜日)夜出発で土曜朝着、日曜昼出で帰宅のスキー旅したのかな?
左下は何だったか忘れたけど、かな~り古めかしい木材メインの構造で室内照明も電球色。今つくり直すなら超絶贅沢な客車になりそう。
右下は「くろしお」の様子。昭和の駅と名付けられた展示がノスタルジックでなかなか好い雰囲気だった♪この頃は窓下の小さなテーブルにお茶と冷凍ミカンを置いて鉄道旅を楽しんだ記憶がある。

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ボンネット特急「こだま」は同じフロアに展示する「雷鳥」と同型式車両で1958年(昭和33)年から運行開始し、この型式の特急電車は東京~新大阪を6時間半で結んだそう。
アメリカにフルボッコされて敗戦したのが1945年(昭和20年)でしょ?で、それから僅か13年後の我が国にこの仲間が走り始めていたって驚愕やん!!ちなみに昭和31年には東海道本線が全線電化したらしい!!!
なんかね、こいつら観てると無性に泣けてくるんだよね。
※ここまで書いておいてなんですが車両の年式はちょっと自信ないです(^_^;)一応は調べながら書いたけど「系列・型式」が多く、また同じ(ように見える)形でも新造・改造など差異があったり複雑なのです。

ここ「京都鉄道博物館」は懐かしい車両と鉄道風景に再会できる素晴らしい博物館です。特に昭和オヤジにおススメします。

私は、ひきつづき「本館♯2」を編集中\(^o^)/

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by hanashigai | 2018-01-12 19:00 | 鉄道風景 | Trackback | Comments(6)

初秋のそら色

九月も最終週に入り、いよいよ秋の気配が色濃くなり始めました。
けたたましく夏を謳歌したセミたちに代わり、秋の虫たちのオーケストラが聴こえています。
すでに稲刈りを終えた田んぼの畦道には彼岸花が咲き秋の彩の先陣を切ったようです。
お出掛けの帰り道、大渋滞をやり過ごすために暫しの寄り道。
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18時を少し回った空が茜色に染まり、あちらこちらからコロコロ・チリチリと秋の音が♪

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ついでにJR湖西線・安曇川駅近くで夕暮れの撮鉄も。
今回はD300/ISO1000なので少々ノイズが目立ちますが、それがこのシーンにマッチしてると思いました。


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by hanashigai | 2017-09-25 19:00 | 鉄道風景 | Trackback | Comments(8)

信楽高原鉄道を訪れてみた

仕事帰りに滋賀県・信楽鉄道を訪れてみました。
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↑随分以前に夜の沿線を撮った事があるのですが、まだ明るいうちに来るのは初めての事。この時は気が付きませんでしたが当時はレールバス車両が現役で走ってたようです!
それにしてもディーゼル車のローカル線は趣があってよいですね♪

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最初は「信楽駅」を目指して国道を走っていましたが、運転中に目に入った駅が気になり一端通り過ぎるも引き返したのが「紫香楽宮跡駅(しがらきのみやあとえき)」です。
空が蒼くて「高原の鉄道駅」らしい画が撮れるタイミングだったのが気になった理由でしたが、なんだか物々しい名称の駅でした。
ホームの時刻表を見ると20分もせずに列車が来るので待つことに。
そして緩やかな坂の直線を駆け上って現れたのは、派手なカラーリングの信楽鉄道車両!(以前の記憶ではもっと地味だったのですが!!)
調べてみると今年デビューしたての「SHINOBI-TRAIN」というのだそうです。もしかするとラッキーだったのかも知れません。

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焼き物の里だけあって信楽焼狸が出迎えてくれる此処「紫香楽宮跡駅」は、滋賀県甲賀の自然に囲まれる中、絶妙なバランスで起伏とカーブと直線の線路が敷かれてるので、一回の列車通過で色々撮れそうな抜群のロケーションです。

SHINOBI-TRAINが軽やかに警笛を響かせながら、遮断機の無い踏切を通過して駅に到着。此処で誰か降りて来るといいなァ~と狙いましたが・・・一日の乗客が千人にも満たないローカル鉄道らしく殘念ながら閑散としたものでした。

右下写真の撮り鉄お父さんは大津から信楽高原鉄道を撮られにいらしたそうです。フジの単焦点高級コンパクトをお使いで渋いな~♪と思いながら楽しいお喋り時間をいただきました\(^o^)/

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撮り鉄お父さんにお勧めされた駅に向かうも・・・「吊橋を渡って行く駅」の吊橋が予想以上に高い橋で、ユラユラ揺れる橋にビビって駅に到達できませんでした(汗)駅チカの家のお父さんに、車を停めさせて貰うまでしたのに情けなかった(T_T)下から見た時は「楽勝やん♪」って思ったんだけど・・・(^_^;)

で仕方ないので国道から見えた「勅旨駅(ちょくしえき)」に立ち寄ると、此処が思いの外イイ感じの佇まいでした。

今回はたまたま思いつきの寄り道でしたが、此処も時間を掛けてゆっくり撮り歩いてみたい鉄道でした。
季節は新緑から真夏の頃の昼間が好だろうな♪きっと高原鉄道に相応しい画が撮れると思います。

偶然に立ち寄った「紫香楽宮後駅」の話し。
元々は「信楽」ではなく「紫香楽」だったのを、近代に読み書きしやすく変えちゃったんだろうなぁ、なんて思っていました。
しかし帰宅してから調べてみると、それは僕の早とちりのようです。
正倉院時代の文書に「信楽」表記が登場するも、「紫香楽」表記は見当たらず、日本書紀を編纂(へんさん)した続日本紀(平安時代に書かれた奈良時代の歴史資料)に初めて「紫香楽」の名が出て来るのだそう!
とすると編纂時に何かの理由で「紫香楽」に替えた事になるのが推察できます。
もちろん「信楽/紫香楽」の何方にしたって相当に古い時期の表記には違いないですが、最初に使われたのが「信楽」だったらしい事が意外でした。
そして驚いたのは「信楽宮/紫香楽宮」は、奈良時代に「都」に定められ栄えた歴史がある土地だったこと。
それは今の長閑な風景からは想像もできない事実でした。

思いつきの寄り道で奈良時代まで遡ってタイムトリップできたのが面白かった一日でした。

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by hanashigai | 2017-03-20 19:00 | 鉄道風景 | Trackback | Comments(10)

大人の雪遊び♯2

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1.2. 湖西道路入り口の様子。この時点で敦賀方面行きは殆ど止まったまま!で、大津・京都方面行きもかろうじてノロノロ動く状態。帰宅ラッシュと重なった大雪で混乱したようです。
3.4. 国道添いのJR湖西線・蓬莱駅で。特急サンダーバードが雪を巻き上げながら通過していきます。雪煙の向こうに灯る赤いランプに旅情を感じながらのショット♪

マキノに向かうつもりで出掛けたこの日、湖西道路入り口にある道の駅で道路情報をモニターすると、国道161号・高島の観測点で数珠繋ぎの大渋滞!下道で暫らく進むもそこも渋滞し始めたので諦めました。
引き上げるにも下道も動きが鈍い・・・>時間が勿体無いので蓬莱駅で暫しの撮り鉄に興じる事に\(^o^)/

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この駅は初めて訪れました。
普段は殆ど叡電を撮ってるので、JRの長~い駅ホームは眼に新鮮に映ります。
屋根の無い部分は軽く膝下あたりまで積もってて、歩くとフワフワの新雪をかき分ける感じです。
特急が通過すると雪煙が良いかも♪と思い待つこと十数分・・・一回の通過で私もカメラも雪まみれになったので退散(笑)それも経験ですね\(^o^)/


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by hanashigai | 2017-02-03 19:00 | 鉄道風景 | Trackback | Comments(8)

湖西線雪景

寒波に見舞われた先週末、滋賀県湖西線を撮ってきました。
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線路の手前には棚田、奥には琵琶湖が広がる抜群のロケーション。
防風柵設置工事が進行中との事で急遽訪れました。
柵が完成すると車両の下半分が隠れてしまうので写真の雰囲気が随分と変わってしまうのでしょうね。
安全対策ですので仕方ないのですが、やはり寂しいです。

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此方は高島市の有名なポイント。
雪の中の撮影なので奥の琵琶湖が見えないぶんシンプルな画になって此れは此れでよいです。
特急が雪煙を巻き上げて通過していきました。
夏の此処が好きだけどこの先もずっと此のままとは限りません。
撮れるうちに撮っておきたいとおもいました。
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手前の家の窓明かりがあれば良かったですね。
寒々しい風景の中に暖かな暮らしの気配を感じられて好い感じのアクセントになると思ったのですが、
残念ながら御不在のご様子でした。


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by hanashigai | 2017-01-16 19:00 | 鉄道風景 | Trackback | Comments(16)

2016鉄道写真まとめ♯2

「2016年鉄道写真まとめ」のつづきは叡電(叡山電鉄)以外の思い出を。
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まだ雪が残る二月、仕事で高山市に訪れた際に立ち寄った郡上八幡。
特にナガテツが目的という訳ではなかったけど、せっかく来たら撮らずにはいられません♪

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2016年夏の鉄道イベントの一番は「長良川鉄道の乗り鉄」
始発の郡上八幡駅から乗り込み、一日乗車券を手に入れて濃いナガテツの一日を過ごしました。
夕方近くまでは雨模様だったので、青空のナガテツを撮れなかったのは少し残念でしたが、
思い出深い一日になりました。
観光列車「ながら」も素敵だけど、普段使いのローカル線風情を楽しみたい気持ちが強いので、また次回の機会があれば一日フリー切符で乗り鉄したいです。

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仕事前に寄り道したJR湖西線。
寝台列車が運行されていた頃はよく通った此処ですが、昨年はこの時一回だけの訪問でした。
とても懐かしい気持ちで十数分を過ごしました。

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両親が高山市か郡上八幡に行きたいと云うので車を走らせてこの時は郡上八幡を訪問。
高速道路を途中で降りて私がお気に入りの「深戸駅」にも寄り道。
自分たちの幼い頃にも見たような風景のようでとても懐かしんでいて、自分達なりに沢山撮っていたようです(笑)
そして郡上八幡駅。
ナガテツの観光列車「ながら」が入線するタイミングで関係スタッフさんが数人おられた駅構内。
スタッフさん達とも談笑をして、そんな触れ合いのひと時が印象に残ったよう。
今年は夏の郡上で「河童」にも会わせてみたいと思います♪

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町の散策を楽しんだ帰路、名鉄旧美濃駅にも寄り道。
写真1.の前回来た時に観れなかった車両も戻ってきてたので嬉しかったです♪
特に父親は此処に展示してあるレトロ電車をたいそう気に入った様子で、運転席に座った写真を何枚か撮りました。
きっと自分たちの青春時代にシンクロする形の車両達が懐かしいんですよね。

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ふとしたきっかけで知る事となった「江若鉄道」の廃線跡を訪問しました。
写真1.は、かつての駅跡。アスファルトの道と駐車場に挟まれた部分が「江若鉄道・小松駅」なのだそうです。
そして写真2.の道路は小松駅から白鬚駅へと続いていた線路の遺構です。
車で走ると離合に気を使う狭い道幅が当時の鉄道風景を偲ばせます・・・その横に架けられたJR湖西線の高架を特急サンダーバードが駆け抜けていきました。
写真3.は建設工事中の「湖西道路」橋脚です。
滋賀県琵琶湖沿いを南北に走る「湖西道路」は便利な自動車道路。
現在も延長工事が続けられ、やがて江若鉄道が走っていた此処の頭上を覆ってしまう日が訪れるようです。
此れからどんどん風景が変わっていくのでしょうね。



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by hanashigai | 2017-01-13 19:00 | 鉄道風景 | Trackback | Comments(10)