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カテゴリ:  ├ 京都の祭り( 26 )

御土居ライトアップと五山送り火

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「北野天満宮・七夕笹飾り」に再び訪れました。浴衣美人が素足を川に浸す光景は、それだけでシズル感たっぷりの美しさ。
残念ながら「顔だしはNG」との事で掲載OKは此れだけ(´;ω;`)
でも画像確認で「あら私たち、こんなに足を出して油断しすぎ(照)」的な乙女っぷりに、爆萌えできたので満足な私でございます♪おねえさん、ありがとうございました。♪♪


今回は「史跡御土居・もみじ苑ライトアップ」も観覧してきました。
門を入ると樹齢600年の大欅が迎えてくれ、その先には朱塗りの舞台があり、そこから見下ろした青もみじの森が綺麗。樹齢約350~400年の木からなる森には、合わせて約350本のもみじが有るとの事で秋も凄そうですね♪
遊歩道階段を降りいよいよ史跡御土居へ。

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紙屋川添いの遊歩道に飾られ、風に揺れる色とりどりの七夕短冊がキラキラ可愛い雰囲気でした✨
地面に置かれた優しい色味の灯篭が良いアクセントになっていますね♪この環境なら更に風鈴が一・二個あれば、控えめに響いてくる音色に風情も増したと思います。来年やってくれないかな~🎐

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丸く渡された朱塗りの鶯橋(うぐいすはし)と、夏色モミジとで互いを引き立てあう風景が美しく、七夕笹飾りも華やかさを演出していました。
鶯橋のようにアーチ構造の橋は太鼓橋とも呼ばれ、そもそもは美観の為の造形ではなく、橋自体の自重や渡る物の加重に対して橋がたわまない頑丈さと、施工の簡易さを両立させた結果に生まれた構造の機能美なのだそうです。

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御土居は豊臣秀吉が京都に築いた堀(幅3.6~18m/一部は河川も利用)と土塁(幅9~30m・地上高5mの台形堤)を前後に組み合わせた凹凸構造の防塁・防水設備で、お城で言うところの御堀と城壁を町の周囲に造ったそれは、鴨川・紙屋川・九条・鷹峯の東西南北(総延長22.5キロ)を囲み、御土居の内側が洛中、外側は洛外として分けていました。
内と外の行き来には10ヵ所に設けた七口(出入り口となる関)だけで行われ、まさに京の町を城塞化した都市建造物だったようです!戦乱の世に天下統一を果たした秀吉らしい都市計画設備ですね。
現在は10ヵ所の御土居史跡が残り、その中でも当時の原型に近い形で大規模に残っているのが、北野天満宮の土堤なのだそうです。

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最後は一旦車に戻り、三脚を用意して北野天満宮楼門外の参道を撮りました。ちなみに境内の中は三脚使用は禁止との事ですが、撮影禁止よりは遥かに有り難いです。
数年前まではそんな事もなかったのですが、これも時代の変化ですね。

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16日夜は京都のお盆恒例「 五山の送り火」が執り行われました。
画像は自宅窓から唯一見える大文字(如意ヶ嶽)で、大の文字全ては見えないけど、御先祖様を送りながら合掌するには十分です。
夕方には強い雨が降るなど一時は完全に雲に隠れた大文字山…2016年の例もあり心配でしたが、今年は全ての山で無事に火が灯りました。
そして低い雲がもたらしたのは、炎の灯りで雲が照らされ赤く染まっている様子!よく「夏の夜空を焦がす」などと表現される京都五山の送り火ですが、まさにそんな光景に巡り合うとは驚きでした!!



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by hanashigai | 2018-08-22 12:00 |   ├ 京都の祭り | Trackback | Comments(2)

京の七夕・北野天満宮会場に行ってきた

季節があっと言う間に進んでいき、暦の上では早くも残暑を迎える時期に。

そんななか京都では夏の恒例行事「京の七夕」が4日から開催されています。
今年はまず北野紙屋川エリアの北野天満宮「北野七夕祭」会場に行ってみました。

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到着したのは18時30くらいでしたが、すでに参道の行灯や笹飾りが灯されて雰囲気ありました。
そして浴衣のお嬢さんたちが更に彩りを添えて♪やっぱり夏は浴衣姿が好いですね~(人´∀`).☆.。.:*・゚

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ちびっ子たちがはしゃぎながら駆け足で三光門をくぐり抜けていきました。
浴衣のお姉さんもスーパー好いですが、こんな夏の風景も大好きです。

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北野七夕祭では「御手洗川足つけ燈明神事(~16日)」も行われているので、川を上がって裸足で歩けるように境内にはシートや板渡りが敷かれていました。
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絵馬所でロウソクを受け取り御手洗川へ・・・と此処で、北野天満宮に御手洗川?となる方も多いかも。
それもそのはずで古来から旧暦七夕に御手洗川で身を清める「御手洗祭」が行われていたそうですが、明治時代になり神事が簡略化された事で、御手洗川も姿を消してしまってたようです。

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しかし来たる式年大祭にむけて三光門前の境内西側を、紅梅殿・庭園とあわせて整備再現され、現代の御手洗川として蘇ったのです。
そのお陰で古式ゆかしい姿で復興された七夕神事「御手洗川足つけ燈明神事」の参拝が出来るというのは大変にありがたいですよね♪

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空が暗くなるにつれ慶大が幻想的な風景になっていきます。
北野天満宮「北野七夕祭」会場では、LEDイルミネーションなどを多用した派手な演出はなく、七夕笹飾りや行灯がシンプルにライティングされた、神社境内の灯籠や提灯と統一感をもたせたライトアップなので、とても落ち着いた雰囲気の会場になっていました。

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北野天満宮の会場は混雑も無く、ゆっくりと過ごせるのでおススメですよ。


「京の七夕・北野七夕祭」は同時開催中、の堀川会場や鴨川会場と比べると地味で控えめな印象かも知れませんが、その控えめな演出によって、厳かでありつつも雅な「京都らしさ空間」を仕立てたのだとわかります。
そしてそれこそが「京の七夕・北野紙屋川エリア会場」の最大の魅力に思えました。
この素敵な会場に観客が疎らなのは寂しいですが、考えようによっては穏やかに過ごしやすいとも言えるので、交通の便があれば是非とも訪れていただきたいと思いました。

それと言うのも此処は大きな無料駐車場(一時間以内の利用に限る)があるので、車やバイクでも便利にアクセスできるのです。
駐車ゲートに入ってすぐの場所に停め、すぐ隣の大鳥居をくぐり参道を歩き、七夕笹飾りと足元を照す行灯に導かれながら境内の奥へ進めば、否応なしに気分も盛り上がってまいります♪
※駐車場は一時間を超えると出口ゲートが開かないので十分にご注意を。

普段は17時で閉門する北野天満宮ですが「京の七夕・御手洗川足つけ神事(~16日)」イベント中は21時まで開いてますので、この機会に訪れて、夜間の幻想的な表情を拝観されては?と思います。
ちなみにマイカー訪問でなければ、すぐ近くの「上七軒歌舞練場」で開催される、夏の風物詩「上七軒ビアガーデン」で一杯ってのもそうとうに魅力的ですよ♪


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by hanashigai | 2018-08-07 12:00 |   ├ 京都の祭り | Trackback | Comments(8)

夏の涼「御手洗祭・足つけ神事」

今年は梅雨明け早々から猛暑が続く厳しい夏となり、八月も猛暑ではじまるようです。
皆様、熱中症対策など万全にどうぞご自愛ください。

夏の京都といえば「祇園祭宵山行事、祇園祭山鉾巡行」が夏祭りの筆頭行事なイメージですが、下鴨神社「御手洗祭(みたらし祭)」も平安時代から続く京都の夏の風物詩です。
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平日夕方の早い時間に「みたらし祭・足つけ神事」で無病息災を祈願して参りました。
「下鴨神社・糺の森参道」に出店屋台が立ち並ぶので、夜は普段の下鴨神社とは違う趣ある華やかさに包まれますが、今年はその分の混雑を避けました♪
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楼門をくぐり本殿で参拝を済ませた後、献灯の受付に進みます。
受付でロウソクを受け取り、御手洗池へ。
スロープの向こうで池の水に足を浸した参拝者から「キャーキャー」と、まるで夏の海辺のような歓声が響いていました。

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池の水は地下からの冷たい湧き水なので【激烈に冷たい】のが歓声の理由!一気に身体がクールダウンしていく・・・のを通りこして足が痛いくらい(笑)
冷たい池を素足で進み、御手洗社前に設置された献灯台にロウソクを灯し、手を合わせ無病息災を祈願するのが「足つけ神事」です。

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しったかぶりしてますが「足つけ神事」で祈願するのは実は数十年ぶりの事(^_^;)
なので正確な事は云えませんが海外からの観光客が増えている昨今、かなり大勢の参拝者が訪れたのではないでしょうか?上の一コマからそれが見て取れそうです。
皆さんそれぞれが御利益に授かりますように。

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「足つけ神事」を終え足を拭って順路を進むと「御神水」が振る舞われていました。
この水を飲みながら「体内から身体を清め御利益を授かるよう祈願する」のが「下鴨神社・御手洗祭(みたらしまつり)・足つけ神事」の結びとなります。


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今年の下鴨神社・御手洗祭(みたらしまつり)・足つけ神事は、7/20(金)~29(日)で滞りなく無事に終了しました。新年号を迎えた来年夏(土用の丑の日前後)には、是非とも下鴨神社・御手洗祭にお出でください。


写真素材のピクスタ

by hanashigai | 2018-08-01 12:00 |   ├ 京都の祭り | Trackback | Comments(8)

京都東山花灯路

今日から京都東山花灯路2018が開催されています。
初日はあいにくの・・・いや写真を撮るには嬉しい小雨模様となりました♪今頃は沢山の撮影スポットで多くの写真家が三脚を構えてると思います。※ちなみに初日は混雑するので私は出掛けません。

ちょっと懐かしい2007年から13年までの写真を引っ張り出してきました。
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東山花灯路では様々な催しが同時開催されていて、例えば周辺寺院ライトアップ特別拝観、華道家の生花展示、舞妓さんによる舞の披露、その他にも広いエリア内で数々の展示があります。なので暗くなる前に到着しても結構楽しめるのがよいです。


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毎年同じ場所に同じように灯篭が設置されていますが、人の手でひとつづつ設置するので、壁や石畳への反射なども考えて置かれた灯篭もあれば、ただ等間隔に並べられた物まで様々。細かく言えばその年毎に微妙に風景が変わるのも楽しいところ。


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ここ数年は「撮影禁止」の札が貼られてる石塀小路。以前は私も撮影を楽しみましたが、もう友人が来ても案内する気もなくなり、もちろん自分自身も通り抜けすらしなくなりました。今年の「東山花灯路」は「禁止解除」になってたら嬉しいのだけど・・・まぁないやろな。
写真は懐かしい「東山花灯路2007」の石塀小路の様子。


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八坂の塔を背にした八坂道は普段から好きな撮影スポット。夕方以降に街灯りが輝きだすとキラキラな風景に。東山花灯路の期間中は更にキラキラがパワーアップするので、ポートレートなら引きでも寄りでも画になります。

NikonD300とD700にズームレンズメインで撮り歩いてた少し前の東山花灯路。今年はD750に35/1.8と50/1.4で楽しもうと思ってます♪


by hanashigai | 2018-03-09 19:00 |   ├ 京都の祭り | Trackback | Comments(10)

ロームイルミネーション

京都のクリスマスイルミネーションといえば「ローム・イルミネーション」
いっとき中断した年もありましたが、今年も京都の師走を美しく演出しています。
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ロームさんは会場に訪れた観客にアンケートを取って次回の開催に意見を取り入れるなど、新しい試みを模索しつつも、必要であれば原点回帰もできる柔軟なプランニングが魅力。
今の時代は色とりどりに凝りに凝ったイルミネーションイベントが多いなか、ロームイルミネーションの電球色は温かみと懐かしさを感じます。

昨年はメタセコイヤ並木から南の一部区間に色違いのLEDが配色され楽しい雰囲気ともいえましたが、それは灯りが分断されて、電球色の持ち味もスポイルされてる感じがしてました。
なので昨年のアンケートに「電球色で統一感を出すほうが美しい」と僭越ながら意見したのですが、きっと多くの観客の皆さんも同じようなコメントを残した結果、それらが反映されたと思っています。

春の桜、夏の新緑、秋の紅葉が毎年変わらずに必ずやってくるのを楽しみにする、冬のロームイルミネーションもそんな存在になってます。
ロームさん本当にありがとう。
 
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お二人共が礼儀正しくて爽やかな美男美女カップルさんにモデルをお願いしました。
一人で黙々と写真を撮るオッサンが「ロマンチックな景観の邪魔なだけ」にならず良かったです♪

彼女さんのミラーレスカメラ(キャノン製)、特に何も設定しないで渡されたままにシャッター押しただけなのに、凄く良い具合に撮れちゃうのが凄いなって思いました(^_^;)


by hanashigai | 2017-12-19 19:00 |   ├ 京都の祭り | Trackback | Comments(2)

二ノ瀬・守谷神社・富士神社の御焚火祭

守谷神社・富士神社で御焚火祭が執り行われたので観覧して参りました。
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と、さも知ったかぶりな出だしですが観覧できたのは偶然。
この二社が置かれる京都市左京区二ノ瀬町は、秋になれば足げく通う叡電・二ノ瀬駅の近くにも関らず「御焚火祭」の事はもちろん、そもそも二社について全く何も知らずにいました。なので勉強を兼ねて調べながらの追体験記です。


いつものように紅葉の二ノ瀬駅で過ごしていると、遠くから「トントン♪トントン♪」と小太鼓の音が響き近づいてきます。「火の用心」かな?と気にせずにいると、暫くして駅周辺に焚火の煙が漂ってきて町会所の大銀杏が炎に照らされ浮かび上がっていました。

こりゃあ何かの「祭りだ♪」と一先ず駅の紅葉狩りを中断し町集会所に向かうと、子どもから大人まで数十人が焚火を取り囲み、警察と消防の姿も。そして山裾にある神社の社でも焚火灯りが見えます。
さっそく神社に行って尋ねると地元のお祭りだと教えられ、観覧・撮影もOKとの事で再び町集会所に。

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町集会所広場の大きな御焚火から手持ちの松明に火を移し、用意がそろうと神主とお稚児を先頭に篝火の列が出発。
静かな山間の集落に太鼓の音をこだまさせながら、一旦離れていき折り返しの橋を渡ってまた徐々に近づいて来ます。対岸を歩く篝火の列が鞍馬川の水面を明るく照らし、その流れに揺らめく炎がとても美しく幻想的な光景を作り上げていました。

二ノ瀬駅に丁度入線していった電車の車窓からも此の篝火の列が見られたかも知れません。

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トン♪トントン♪~太鼓の音とともにやって来た篝火の列が守谷神社の境内に。
モミジと炎の朱色と漂う焚き木の香りに、日本の秋とまもなく訪れる冬を感じていました。

撮影ポジションを予測して動き回れたのは此処まで。境内ではどんな神事が執り行われるか分かりませんし、そもそも町民の為の祭りでありますから、この場の空気を乱さないように、撮る事を優先させ過ぎないようにわきまえました。

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社の前で神事の祝詞がはじまり、お稚児さんなどによる玉串奉奠の儀が執り行われ、神楽殿では巫女が舞いの奉納をし粛々と厳かに神事が進められていきました。
二ノ瀬の守谷神社・富士神社の御焚火祭は、きっと日本の祭りの原点の姿を今に残す祭りで、また各地にも同じような町祭りが無数にあるのだろうと、まだ知らぬそんな祭りに思いを馳せる事ができました。華やかに賑わう有名な祭とは違う、静かで趣ある良いお祭りです。

二ノ瀬は文徳天皇の皇子・惟喬親王(これたかしんのう)が隠棲する以前に一時的に閑居された所とされ、その所縁から二ノ瀬町に鎮座する二社、守谷神社は惟喬親王、富士神社は母の紀静子(きのしずこ)をそれぞれを祀り祭神にし、平安時代に創建されました。

守谷神社は東宮として町を流れる鞍馬川の川東にあったのが、近年の台風で社殿が破損したため、川西にある西宮・富士神社に合祀されて現在に至ります。

惟喬親王は文徳天皇の第一皇子であるにも関わらず、皇太子には第四皇子の惟仁親王(これひとしんのう【後の清和天皇】)が立てられ、当時の政治的な理由で惟喬親王が皇位継承される事はありませんでした。
それは母が紀氏の出身であり政治権力が弱かったのが影響したともいわれ、後々には朝廷を追われるまでの不遇に合うのが惟喬親王だったのです。

川を隔てて社を建てたのは平安時代の集落の形によるもの…つまり集落の東と西の境界を守る厄払いの意味があったと想像します。
ただでさえ自然環境が厳しい洛北の谷間いの集落で農作物の不作や大きな災害などが頻発し影響が長く続けば、それらの原因を不遇の惟喬親王とその母の怨霊による祟りと考え、祀り鎮めて集落を守ってもらうよう祈りを込め、この神社が建られたのかも知れません。

であれば「近年」に東宮が壊れてしまった事は、その役目を終えた惟喬親王が母の元(西宮)に戻るという意思表示だったのだと、惟喬親王の不遇から想像するに思えてなりませんでした。

歴史を知り視点を変えると、此処の御焚火祭が厳かな神事であるのは、単に長閑な田舎の祭り風景だからではないと思えてきました。
恥ずかしながら御焚火祭の当日でさえ「二ノ瀬の神社」とざっくりしか頭になかったので、次回の二ノ瀬駅訪問では守谷神社と富士神社をしっかり参拝したいと思います。


by hanashigai | 2017-11-18 19:00 |   ├ 京都の祭り | Trackback | Comments(4)

京都亀岡祭♯2

京都亀岡祭は23日・宵々山、24日・宵宮、25日・本祭の3日間で執り行われる鍬山神社秋季大祭。
京都亀岡祭の存在を知りスケジュール合わせしたのは24日の宵宮、見物客が多からず少なからずの風景を期待して会場を訪問しました。
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提灯飾りを終え、その灯りが山鉾の美しさを一層引き立てる頃、ポツリポツリと見物人の数が増え始めます。
でも私のようにパンフレットを見ながら位置確認してる人はごく少数で、殆どが地元の方々のよう。
地元の大人子供それぞれ同士が挨拶を交わす風景には、この亀岡祭がこの地域中心で継承されて、地域に大切な祭りであるのを改めて感じさせてくれます。
私は部外者ですが、そんな光景が日本にあるのは嬉しい事です。
隣の住人が誰かわからない!便利と引き換えに、そんな地域が多くなっているのも事実ですが、子供と大人が顔を合わせ、お互いの存在を知りながら暮らす地域が、我が日本にはまだまだ多いのかもと期待を込めて思いました。
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山鉾のある町会所では縁起物の御神酒が見物客に振るまわれ、町の子供らが演奏する祭囃子を大人の祭衆が見守り見物客が観覧します。
何処の山車祭りを訪ねても似たような光景があり、また山車の様式も同じようなものかも知れません。でも地域毎にそれぞれ個性があるのが見物していて楽しいのです。
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19時前から降り始めた生憎の小雨に祭提灯を撤去する山鉾もちらほら。

そんななか西町の八幡山は雨具カバーもしないで提灯を点したままお囃子の演奏が!
そんな粋な山鉾を前にしたら雨具なしの私だって、雨に打たれながらでも撮らせて頂くしかありません(笑)
祭りってのは何故だかそう言う気持ちにさせられますね。

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19時半頃には止む気配どころか大粒の雨に!コンビニに傘を買いに行くも売り切れ…雨具なしのまま再び祭り会場を撮り歩きました。

お囃子演奏中の柳町・高砂山前には見物客のみなさんが集まっています。
雨は鬱陶しいものですが、それも今期の亀岡祭・宵宮の風景として受け入れて観れば、濡れた石畳が会場の華やかさを倍増させているのに気付きます♪
カメラとストロボは大きめのコンビニ袋&手拭いでそれぞれカバーしてますが、ずぶ濡れで撮っているのは廻りを見渡しても私だけ…流石に雨と寒さに負けて亀岡祭・宵宮の終了時間前の少し前に撤収となりました。

10月の23宵々山・24宵宮・25本祭の日程で開催される亀岡市・鍬山神社秋季大祭・亀岡祭は、京都府と亀岡市それぞれから無形民族文化財の指定を受けています。
祭りで出される山車11基の全てに「山」の名が付けられ「鉾」の名がつく山車は存在しませんが、祭りパンフには「山鉾」と記してあるので、私のブログ内でも山鉾と改めてます。
亀岡祭では木製車輪を備えた山車を鉾とし、それが全て揃ったのは今年の事(※山鉾の山は舁山を指しているようです)で鉾8基・山3基の山鉾があリます。
2016年までは鍬山も舁山でしたが、今年の祭りに向けて木製車輪を備えた鉾に復元され、全ての山鉾が出揃い本来の亀岡祭が復活した記念の祭年となったようです。

by hanashigai | 2017-11-03 19:00 |   ├ 京都の祭り | Trackback | Comments(2)

京都亀岡祭♯1

京都府亀岡市で執り行われた鍬山神社(クワヤマ)秋季大祭・亀岡祭を見物しました。
長年京都に住みつつも此の祭を訪れたのは初めての事です。

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現地到着は17時過ぎで少し遅すぎたかな?と思いながらコインパーキングに車を停め、徒歩で祭り会場を目指します。
と言っても大体の方角に向かいテクテク歩いたので少し遠回りしてしまいました(笑)
たどり着いた町会所で貰ったパンフレットの地図を見ながら改めて祭り会場散策の開始♪

18時過ぎあたりから各山鉾に提灯飾りが施され、それまで歩いてきた道にも行灯が並べられていきます。
それらが灯ると一段と祭り風情が高まって行くのが感じられます。

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亀岡祭は祭り会場が広いので閑散とした印象もうけますが、もちろん山鉾の近くでは祭風情ある賑わいがありつつ、京都祇園祭のように人でごったがえす事もないので、山鉾と祭町内をじっくり撮って楽しめるのが魅力の祭りです。
商店街通りには露店が連なり子供から大人まで大勢のお客さん!特に若い人達や子供連れファミリーはこっちがメインに流れて来ちゃうようでしたが、もちろんそれも祭りの楽しみの一つですよね~♪
※写真の神社が鍬山神社…では無く山鉾町の一角に在る形原神社です。


by hanashigai | 2017-10-28 19:00 |   ├ 京都の祭り | Trackback | Comments(6)

鞍馬火祭り♯4



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太鼓が聴こえてきたのでそちらを伺うと、老若男女問わず太鼓で祭りを祝います。
幼い子供の可愛い音、お姉さんの淑やかな音、祭衆の勇ましい音、たたく人によって音色が様々です。
一人が叩き終わると拍手が沸き起こり、また次の人に代わられていき、鞍馬の町に太鼓と一般見物客の喝采が響き渡りました。

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鞍馬の町には「七仲間」と云う火祭を執り行う組織があり儀式にそった順序で各神事が進められます。
その「七仲間」は鞍馬出身の氏子(世襲制)だけで組織されており、祭りを盛り上げるために他から呼んだ神輿担ぎの人(祭り請負人?)等のお世話にもならないので、それを代々守り続けてきたことで「鞍馬の祭り」としての純粋さがあります。
その事実は鞍馬火祭の神聖性もより高めているように私は感じました。
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この後、各仲間から集まった大松明が由岐神社前石段下(鞍馬寺三門前)に向かい、各松明が山門前にひしめきあい掲げられてから石段下に焼き捨てられます。
残念ながらその様子は観ることが出来ませんが、歓声とともに火の粉を巻き上げながら大きな炎が燃え上がり、鞍馬の空を焦がす様子が遠くからもハッキリと確認できました。

先にも書いたとおり過去には石段下での大松明焼き捨ての様子は簡単に観ることができました。
現在は観光客が増えたので「石段下付近で立ち止まっての観覧は出来ない」ことになっていますが、個人的にはそれでも好いと思っています。
鞍馬の由岐神社の神様を祭る神事ですから「土地に縁もゆかりもない誰が見ようが見れまいがどうでも好く(※此れは私の気持ちです)粛々と執り行われる」のがお祭りなのですから♪

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由岐神社に安置されていた御神輿を従えて祭りの列がやってきました。
まだ10代初めの頃、此れを観た記憶があるのですが、その時は石段下前だった気がします。
この後、神輿は御旅所に安置され神楽が奉納されたあと神楽松明が境内をまわって鞍馬火祭りが終了します。

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観れない神事の最中、振り返って改めて町の様子を眺めてみました。
大松明が練り歩いた町にはまだ熱気が残り漂うように見え、氏子の方が篝(篝火)を絶やさないように薪を焚べています。
ほんの少し前に過ぎていった時間の余韻を楽しみながら思い起こし、それが素晴らしい体験だったのを実感しました。
祭りの全てを最後まで見届けられなくとも十分に楽しんだ2016年の鞍馬火祭、大満足のうちに叡電・鞍馬口駅に戻り帰路につきました。

この祭りを境に京都は寒さが一段増すと云われ、いよいよ紅葉が色づく季節を迎えます。

「鞍馬火祭り」は由岐神社の例祭。起源は940年(天慶3年)とされ宮中に祀られた祭神を鞍馬に移すにあたり、当時の村人が篝火(かがりび)を持ったて迎えたのが始まりとされ、18時の「神事にまいらっしゃれ」神事を合図に、町の篝(エジ「篝火」)に一斉に点火されると、宵が間近の鞍馬集落は篝火が照らす幻想的な風景に包まれます。

先ずは小松明を持った子供達が練り歩いていき、その後、徐々に青年が担ぐ大松明へと変わり「サイレイヤ、サイリョウ」の囃も幼い可愛い響きから迫力の鼓魂へと変わっていきました。

我々一般人は松明を担いで町内を練り歩く姿と、神輿行列しか見る事が出来ませんが、それでも凄い数の観客が此処を訪れます。
叡電の終電午前0時頃に合わせて見納めになる鞍馬火祭りですが、お祭りはその後も執り行われ御旅所から神輿が由岐神社へ戻る午前2時頃まで続けられるのだそうです。


by hanashigai | 2016-10-31 19:00 |   ├ 京都の祭り | Trackback | Comments(12)

鞍馬火祭り♯3


子供たちの御旅所参りの後、いよいよ大人の松明も出発の時を迎えました。

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ひと際大きな松明に火が着けられると周囲から拍手が沸き起こり、その炎が鞍馬の町を明るく照らしだしました。
まだ電球が無い「明かり=炎」の時代、洛北・鞍馬に暮らす人々(その時代を生きる人々)にとって「鞍馬火祭りの炎」は、今以上に特別な灯りだったでしょう。
そんな事は既に分かりきった事!なのですが、それを改めて感じたのも祭りのお陰かも知れません。

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あちこちで松明にが灯され「サイレイヤ、サイリョウ」の勇ましい声(囃)が町中に響きます。
いったい幾つの松明があるのでしょう?大きな松明は近くを通り過ぎるだけで「熱さ」を感じる程のもの!
鞍馬の空に舞う炎は、やがて京都の天をも焦がす程、もちろん実際の炎だけでなく祭り衆と観客の熱気も凄いのです。


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a/b 幼い子供たちを円陣に迎え、大人たちによる「サイレイヤ、サイリョウ」の音頭(囃し立て)がはじめました。
彼方此方で始まるこのような光景・・・これは即興なのか神事の一つなのか?私にはわかりませんが、やはり心打つ光景です。
最初は声の迫力に驚いていた子供達、この子たちにとっては「鞍馬火祭の洗礼」だった事でしょう!
それでも次第に大人を真似て身体を揺らし音頭を取り始める子供もいました。
その様子を観ていて「あぁ、成る程な~」と、伝え受継ぐと云う言葉が僕の頭にすんなり入ってきました。

c 氏子はもちろん観客の皆も此処に集い、この円陣を中心に大きな輪が出来上がっていきます。これぞ祭りと云う風景ですね。

d そうしているうちに此方では御旅所参りを終えた子供の松明が自分の家に戻ります。
でも祭りはまだほんの序の口、此れから日にちをまたいで様々な神事が執り行われていきます。






by hanashigai | 2016-10-29 19:00 |   ├ 京都の祭り | Trackback | Comments(2)