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着物で京都♯11

タイミングがずれてしまいましたが、着物春乙女のラストエントリーはこちらの綺麗なお姉さん。東京の女子大生です。

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立ち居振る舞いまでが綺麗なお嬢さん二人に、爆萌えした私です。
この日は強い風の中、ありがとうございました\(^o^)/


by hanashigai | 2018-04-27 12:00 | 美人写真 | Trackback | Comments(6)

今年の桜♯3


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京都は青葉が爽やかな季節になってきました。ほんの十数日前程には桜熱にやられてたけど、ようやくそれが落ち着きつつあります。今年は京都市内各所はもちろん、訪れる先々で素晴らしい桜風景に出会えて、本当によい桜の季節を過ごせました。
名残惜しいですが桜は儚さも魅力ですし、何よりも季節は留まらずです。また来年も素敵な桜風景・桜物語に出会えますように。

少し前にソメイヨシノの寿命60年説が一般的らしいと書いたけど、軽く調べただけで樹齢100年越えのソメイヨシノが、意外なほど多く日本全国に現存してました!

東京都文京区:1877年(明10)樹齢141年。
福島県郡山市:1878年(明11)樹齢140年。
青森県弘前市:1882年(明15)樹齢136年。樹齢100年越え300本以上。
神奈川県秦野市:1892年(明25)樹齢126年が二本。
群馬県前橋市:1898年(明31)樹齢120年。

東京都世田谷区:1935年(昭10)植樹から83年を経過中。
滋賀県高島市:1936年(昭11)植樹から82年を経過中。

特に青森県弘前市の弘前公園には樹齢100年以上のソメイヨシノが300本以上もあるらしく驚きました(゚д゚)!寿命60年説は一体なんなのだろう?と思い、それについても調べたので、また次の機会に書くことにします。



by hanashigai | 2018-04-25 12:00 |  ├ さくら京都 | Trackback | Comments(4)

海津大崎桜#2

海津大崎を訪れた最大の目的は夜桜。満開から数日が経過してたので、上手くいけば夜桜の飛花もイケるかもと淡い期待もありました。

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今回は湖と街灯りも構図したいと考えていたので、立ち位置はおのずと決まってきます。そこに強すぎず弱すぎずの風がレンズ方向に吹き、その風に乗った花びらがある程度舞い上がってくれないと良い感じに撮れません。
またストロボ設定も重要で、風の強さと舞う花びらの量によって一回発光か?連続発光か?を考え、花びらまでの距離・レンズ画角・ストロボ照射角・発光出力・連続発光なら発光間隔と発光回数、それらに空の青が残せる背景露光量(時間帯)も考慮しながら臨機応変に設定します。
19時前から20時過ぎまで粘って、あれこれやりながら撮れたのが上です。

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上は驚きの光景!湖からの突風に来た道を振り返ったら、それを受け激しい花嵐になった時のショットで、自分が此れまで見てきた中で過去最大に激しい桜吹雪でした。
全てのカットでピント距離が少しづつ違うのは「花びらが多すぎて何処を撮れば良いか?」の判断に迷ったからです(汗)
この時の眼に見えた周囲の明るさを再現したのが3段目の画像。かなり暗い状況の中なか、花びらが標識などにバチバチ叩きつけられる音が凄くて、それも人生初のことでした。

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怒涛の花嵐が過ぎ去ると道路や湖面には大量の花びらが散り積もり、今年の桜が終演間近であるのを告げています。
儚くも美しい花の宴でありました。


海津大崎としての桜並木道の歴史は1936年6月(昭11)に大崎トンネル完成記念として海津村(現・マキノ町)が植樹をしたのが正式な始まりだそうですが、桜並木誕生のきっかけは村が植樹するのを遡って約5年前、当時の滋賀県高島地方事務所に勤める一人の修路作業員が、若木を自費で購入して自ら植えた事から始まります。
その彼は重労働であった海津の湖岸道修路作業に日々携わりながら、自らの癒しの為に桜を増やしていく中、やがてその気持ちは此処を通る人々を桜並木でもてなしたい思いに昇華していったのです。
植樹3年後に彼の桜が花をつけると、それを観た村の青年団も彼の活動に賛同して植樹に加わるようになり、最初の桜並木が誕生します。そして桜植樹・保護活動は海津村、後に現在のマキノ町と受け継がれた事で、今の素晴らしい桜並木へと成長しました。

海津大崎桜にはそんな素敵な歴史がありました。

毎年しつこく書かずにいられないのが桜並木や桜公園の存在について。
特にソメイヨシノは自生木ではなく、接ぎ木から造らなければ生まれない種ですから、全てのソメイヨシノは誰かが植えて育てたもの。その事はソメイヨシノの数だけ桜物語が存在しているという事です。
桜を通してそんな桜物語を見ている事に気付かされ、私はそれに出会うために桜を撮り続けているのかも知れません。断片的でも片鱗でも桜物語を知る事で、桜はもちろんその地域の魅力にも気づかされ、そして少しだけ桜と親密になれた気持ちにもなります。
海津大崎にある樹齢80年を越えるソメイヨシノ。その木は海津大崎桜の切っ掛けとなった修路作業員・宗戸清七氏が植えられた桜かも知れません。再訪の際には是非ともその桜に会ってきたいと思ってます。


写真素材のピクスタ

by hanashigai | 2018-04-24 12:00 |  ├ 滋賀・奈良・関西 | Trackback | Comments(8)

海津大崎桜#1

前回に海津大崎桜をゆっくり撮り歩いたのが2013年。その時は奇麗なお姉さんと散歩させて貰いながら楽しいひと時でした。
※その記事がこれ
あれから早くも5年が経過と驚きでしたが、それはともかく此処は相変わらずの混雑。でもそれが頷ける桜の美しさでした♪

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大崎の観光船乗り場前には随分以前からお茶屋&お土産店があり、その店前にある枝垂桜が素晴らしく美しいです。船着き場・お茶屋さんが在り、周辺はもちろんお寺さんの参道までぼんぼり飾りがあって、海津大崎エリアでは華やかな風情があります。

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花見散歩中に発見した桜愛を感じる光景がこれ。
山の斜面が崩れないようにコンクリート擁壁(ようへき)で養生していますが、よく観ると桜がある部分を上手い具合に処理しています。此れができるマキノ町(施工に関わった全ての関係者の方々)に激しくリスペクトせずにいられません。私的には海津大崎桜がシンボライズされた光景に映りました。

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上段は素敵なお花見風景。凝った料理とお酒を持ち寄り、騒がず大人な花見を楽しまれていたジェントルマン四人組。
僕が帰る頃、ジェントルマンさん達は綺麗に後片付けされてから、徒歩で数キロ先のバス停?駅?に向かって歩いて行かれました。素晴らしいですね\(^o^)/

観光船を眺めながら脳内再生してたフレーズが森高千里さんの「頬なでる~潮風~沖を走る連絡船~」って、夏の歌なんですけどね。まぁそれほどに穏やかなお花見日和の春だったという事です♪

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「日本のさくら名所100選」に選定される海津大崎の桜は、高島市マキノ町海津から長浜市の境までの区間(県道557号)にある琵琶湖の湖岸桜並木をいい、約4kmの湖岸沿いに続く湖岸道路に、樹齢80年越えの老木桜から若木桜まで約800本のソメイヨシノが桜のトンネルを作り出してます。
ちなみに海津大崎から長浜市境を越えて先に続く、県道513号・512号(奥琵琶湖パークウェイ18.8km含む)の湖岸沿いにも、延々と桜が植えられており、その桜並木約24kmも加えると、全長約28kmにもなる桜並木道になるのが凄いところ。奥琵琶湖パークウェイの桜は樹齢20~25年と比較的に若いものの、約4,000本の桜は見応えたっぷりです。


by hanashigai | 2018-04-23 12:00 |  ├ 滋賀・奈良・関西 | Trackback | Comments(8)

根尾谷淡墨桜

春の樽見鉄道を訪れたなら同時に来ない訳にはいかないのが「根尾谷薄墨桜」です。今回はシーズン真っただ中なので、昼はタルテツに集中し敢えて夜桜訪問と決めていました。
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漆黒に浮かび上がる薄墨桜は、威厳の風格を放っておりました。神々しさすら感じる佇まいです。
そして明るすぎず暗すぎずの照明も絶妙だと思いました。

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天気が良かったのでライトアップ消灯後は星空と絡めて撮ってみました。
岐阜か名古屋か分かりませんが南の空に街灯りが被るので、それの影響が少ない方角を撮っています。※花がピンク色の部分は公園街灯の色カブリによるものです。


根尾谷薄墨桜は1922/10(大11)に他の五つの桜と共に国の天然記念物に指定された日本五大桜(※1)で、日本三大巨桜の一つでもあります。
樹高16m・幹囲9.9m・枝張り東西27.6m・南北25.0m(2009/5測定)もある巨大な彼岸桜で樹齢1550年(推定)になります。
桜の開花時期は夜間ライトアップもありシーズン中に昼夜大勢の花見客が訪れる此処は、この桜を中心に根尾谷薄墨公園が整備済みで樽見鉄道樽見駅が最寄交通駅となっています。マイカーの場合は国道157号線(本巣縦貫道路)でアクセスできます。

※1=日本五大桜:三春滝桜(福島県田村郡三春町)・石戸蒲サクラ(埼玉県北本市)・山高神代桜(山梨県北杜市)・狩宿の下馬サクラ(静岡県富士宮市)根尾谷の薄墨桜(岐阜県本巣市)

根尾谷薄墨桜は1948年(昭23)文部省の調査で枯死目前と認定されていたが、同年秋に管理者の根尾村が主体に再度詳細な調査を行い回生可能と断定。翌年3月から約一か月間を掛けて土壌入れ替え・白蟻駆除、そして238本もの山桜の若根を根接ぎする等の大掛かりな桜回生施術処置を施した結果、薄墨桜を蘇らせる事を成功させました。
しかし伊勢湾台風1959年(昭34)の被害で再び樹勢が衰えていきます。1968年(昭43)から手厚い回復保護が施され、再び樹勢を取り戻したそうです。
それ以来この桜の保存には国・県からの補助金交付も受けられるようになり、その後はさらに1989~1996年(平元~平8)まで計4回の樹勢回復施術処置をされた歴史があります。

長年を掛けて多くの人々の支えを得られた根尾谷薄墨桜は、今年もそれに応えるように美しい花を咲かせていました。


by hanashigai | 2018-04-21 12:00 |  ├ 郡上・東海北陸 | Trackback | Comments(2)

桜と鉄道の風景#7(樽見鉄道)

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離れた場所からフレーミング探しをしてた時、まさかの和服女性が現れた!この女性、直ぐに乗車口に移動してしまったから貴重なタイミングでした♪それにしても樽見鉄道のしかも谷汲口駅で、和服姿の女性が撮れるとは夢にも思っていませんでした。こういうのを経験すると夏の浴衣もあるかも?なんて欲が出てしまいますね。

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もう一つの貴重なシーンがこれ。たぶんこの日一番の桜吹雪です。
樽鉄オリジナル塗装+盛大な桜吹雪+好い風向きは、撮りたくても簡単にタイミングが合うものではない好条件♪
ならばもっと遠くから望遠で圧縮しつつ、周囲の桜を大きく入れる画にしたかった。これまで多くの樽鉄ファンが撮られ続けてきた定番ポイントで構えていればと少々悔やんだ。

そして何よりも写真の出来不出来とは別に、大変恥ずかしい事ながら此のショット直後に、運転士さんから場所移動のお叱りを受けてしまいました。
言い訳がましい(決して恨み節ではありません)ですが、最初の二時間程は他の撮影者を注意深く観察し、車両往来時に此のポイントでも数人が撮影してたのを確認してたので、OKゾーンと認識してからの私の行動でありました。
なので「カメラマンの方、そこからどいてください」と第一声目に注意指示された時は、それがまさか自分に対してと思わずカメラを構えてて、直ぐにもう一度注意指示をされた時点でようやく周囲を見回してみると自分しかいない!
それでもまさかと思いながら自分自身を指さして「俺?俺の事?」って大きくジェスチャーすると「そうです、あなたです」と!!
本来はNGゾーンに立ち入ってたようで、もちろん即刻移動した次第です。
樽鉄・乗客・他のマナーを守られていた撮り鉄の皆さん達に、大変な御迷惑をお掛けして深く反省しおります。なので自分への戒めとして此処に記しておきます。

長々続けたタルテツ桜レポは今回で終わります。お付き合いくださった皆さんありがとうございました。


by hanashigai | 2018-04-18 12:00 |  ├ ナガテツ・タルテツ | Trackback | Comments(10)

桜と鉄道の風景#6(樽見鉄道)

日が落ちた直後、再び谷汲口駅に戻ってきました。昼間は暑くて半袖Tシャツで十分だったけど、山裾の駅は一気にひんやりした空気に包まれます。用意してきた上着を羽織って夕方撮影の開始。
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汽笛を響かせて入線したのはタルテツカラーの車両。ハイビーム前照灯が凄い存在感を放っていました。この時間、此処から樽見方面に向かう乗客はゼロで、昼間の賑わいを過ごした後ぶん少し寂しい風景でした。でも普段のタルテツ風景が此れなんですね。

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そして数分後に来た大垣方面行には駅で待っていた二人が乗り込みました。やはり降りる人は誰もいません。駅を出発した車両がカーブの先に消えるのを見送って、桜の谷汲口駅撮影は全て終了。この駅で充実の一日を過ごした事に感謝です。

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そして夜鉄撮影へ。前回の夜鉄撮りは水鳥駅でしたが今回は高科駅へ。まだ明るいうちに両駅の下見して決めました。三脚にカメラを据えて暫らく待っていると、谷汲口駅で見送ったタルテツカラーが折り返して入線。車両形式とかは分からないけど、今回はこれをたっぷり撮れたので大満足♪

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そして樽見駅行きも到着。夜空を広く入れて銀河鉄道チックに。一回だけ汽笛を鳴らして終点駅に出発しました。ディーゼルエンジンが唸って徐々に速度が乗ると、急に唸りが止み静かになってガタン、ガタンと進んでいきます。そして車両の気配は川音に紛れていき、踏切の点滅を越えて赤色ランプが小さくなって、やがて根尾谷の闇に包まれてしまいました。一日を過ごした樽鉄沿線なのもあってか、その様子がたまらなく切なく郷愁を誘い、余韻に浸りながら川音を聴いていました。

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いよいよ此の日最後のショットは、22:38樽見駅発~本巣駅行の車両。木知原駅近くのコンビニ駐車場から店の窓灯りで撮ってます。もちろん最後に狙ってたので、絶妙のタイミングでちゃんと買い物を済ませてから数十秒待って撮ってます♪
ここは二年前の秋に並木と線路の盛り土を偶然に見て、それを切っ掛けに私の樽見鉄道通いが始まった、そんな思い出の場所なのです。


by hanashigai | 2018-04-17 12:00 |  ├ ナガテツ・タルテツ | Trackback | Comments(6)

桜と鉄道の風景#5(樽見鉄道)

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ホームに散り積もった桜を舞い上げながら、樽見方面に出発する車両。
この青地に赤白ストライプは樽鉄オリジナルカラーなので、ずっと撮りたいと思いながらも、訪れた時は入庫してて撮れませんでした。今回ようやく念願叶いました♪
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発車直後に桜が散ってきたので、素早くズーム&ピント操作して2パターンをショット。
それにしても大垣方面行の車両はすっごい混雑です!昨年の桜ダイヤでは二両編成だったけど、今季は車両修理の為一両で運行してる影響だとか。
桜ピークの土日は鉄道会社・観光客の両方が大変だったでしょうね。皆さんお疲れ様でした。

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この樽鉄オリジナルカラーを撮れるまでには、ガッツリ撮り鉄目的の訪問3回掛かりました。ちなみに郡上八幡の行き帰り、養老鉄道・養老駅訪問の寄り道も合わせて細かく数えると、今回は6回目の訪問なのです。
それでようやくの遭遇ですからテンション上がるってもんです♪
ラッピング塗装の車両も華やかで好いけど、ローカル鉄道のオリジナル塗装には、これまで廃線になり消えていった多くの鉄道風景に思いを馳せて、重ね見てしまいます。樽鉄の鉄道風景が無くなってしまいませんように願うばかりです。

私が外部リンクしているHPに「JR三江線」があります。広島~島根を108キロ超の鉄路で結んだローカル鉄道でしたが、先月末に廃線となりました。
利用客数の少ない赤字路線なので、その単一的な数字だけを見れば仕方ないともとれます。
しかしながら小さな私鉄と違いJR西日本という太い屋台骨を持つ鉄道会社の地方路線ですから、新幹線などで儲けた莫大な利益を分配して、この路線…いや言い換えれば「公共鉄道を利用せざるを得ない利用者を助ける」のが筋だったと思うのです。

なにの筋か?と言うと、元国鉄は国民の税金(当時の先進国からの借金)で作った政府出資の鉄道公社であるにも関わらず、黒字路線と赤字路線とを数字で単純比較して国鉄時代から赤字路線を切り捨ててきました。
それは一般的な会社なら至極当然にみえますが、国鉄は公社であり公共交通網なのですから、黒字路線・赤字路線の損益を補間しながら運営する使命があり、それが公共鉄道の特質である筈です。
その大前提を理解せずに無計画に借金を投入して全国に線路を張り巡らせ(もちろん公共事業で儲けたい思惑もあったが、それも税金だからね)、計画性無い運営と鉄道路線網拡大を続けた結果、累積債務を約37兆円ほどまでに膨らませてしまいます。
そして最終的に収集つかなくなったので、国鉄(要は国)はその累積債務を国民に負担させて借金チャラにしたのです。

その代わりに事業民営化して合理化するからと、なんとなく耳障りの良い体裁だけを整えたJRグループが発足したけど、その実態は元国鉄の事業団(要するに国)がJR全株を保有する団体という始末で、それが解消されても尚、完全な民営化はつい10年程前の事だったという背景があるわけです。
今も本州JR三社以外に投入されてる国からの助成・補助金は有るわけですが、今回の三江線は不運にもJR西日本なので、儲からない地方ローカル路線を抱えたJR西日本は、正直不運だったとのも少しだけは理解します。

が、しかし新幹線電車の新規開発やリニアモーター鉄道の開発(リニア鉄道研究は国鉄時代1962年からで、民間後はJR東海に移管)など、今すでに儲けてる路線はもちろん、今後儲けられると国が頑なに考えるリニア開発には、補助金が投入されていた事実があり、今後は更に増える方向といいます。
国が率先して大都市間鉄道開発に過剰投資するのだから、地方と大都市の鉄道交通格差はより広がって当然なのです。
そんな国鉄をダメにした国(政権与党・野党ともに)は公共鉄道交通の使命と特質を未だに理解してないにもかかわらず、補助金などの取り決めや公共交通網の在り方に拘わるのは、どう考えても根本的な間違だとしか言いようがありません。

三江線に話を戻すと、そこがJRになろうが儲からない路線なのは国鉄時代を見れば百も承知の事で簡単に予測できた訳です。
なのに民営化後の今まで30年は何をしていたのでしょう?まさか地方過疎化ではなく、突然に人口増加に転じ乗客が増え黒字路線化するとでも思ってたのでしょうか?
でないのなら国内需要だけでなく海外旅行者も対象に、日本のローカル線を楽しんで貰えるような発想、例えば「観光列車路線特化に近い運行にして、しかし通勤通学など地域生活者の利用しやすい仕組み」で路線運営の再構築に取り組むなど投資して、自然に恵まれた108キロの鉄道を活用するなど方法はあったでしょう。
だって30年もの時間があったのですから。

国鉄がJRとして生き残れた事は、言い換えれば国鉄を作ってきた国が、国民に助けられたという事でもあります。
そんな経緯を含まえて述べると、今回の三江線廃止は国鉄を表面上の民営化させた時と同じ発想…つまり地域の人たち(国民)に負担を押し付けて、事業者(国)の旨味はきっちり残す結果に終わらせました。
あの時「国民が莫大な借金を肩代わりし、更に今も税金が投入されてるJRグループ鉄道」であるのに、そのグループの一部が「いや、うちは完全に民間会社だし儲からない路線は廃線にします」と言い、そうなる事が見えていた国(野党与党ともに)は「国は関われない事」として、その問題に取り組まなかったのが、私が言うところの大きな筋違いという事であります。


by hanashigai | 2018-04-16 12:00 |  ├ ナガテツ・タルテツ | Trackback | Comments(2)

桜と鉄道の風景#4

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木知原(こちぼら)駅もファンの間では人気のスポットであるのは、このショットで説明の必要はないと思う。
国道沿いの線路脇に桜並木が連なり、此処から奥のカーブに消えていくまでの距離およそ800メートル奥まで続いている(正確にはカーブの先も桜並木)
この日も大勢の撮り鉄さんが大きな三脚を並べてスタンバイ中。常連さん達は300~600mmあたりで圧縮した絵を狙っているようでした。桜が舞っていればファンタスティックな画が期待できますね♪

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今回は本巣駅は寄り道しないつもりだったけど、一つ手前の踏切を走っていくタルテツカラーが見えたので急遽立ち寄り。
このカラーリングは今までは車庫に入っていたタイミングばかりだったのに、今日は頻繁に遭遇します♪これまでは何だったのか(笑)

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日当(ひなた)駅も春の風景が美しい駅。
手前側は山を貫いたトンネル、向こうには渓谷を渡す橋梁(また直ぐにトンネル)、その真ん中の僅かなスペース(橋を覗けば約87m間)に日当駅がある。神海駅から先の高科駅~樽見駅間は「樽見鉄道」発足後の開通だったというから、この険しい場所に在る駅も地域の人たち自ら造った駅ともいえる。それだけに思いが詰まってるのが駅全体の風景から伝わってきます。それの一つが桜なのです。

タルテツは何故に木知原駅から樽見駅の区間だけが桜が多いのだろう?とふと考え、止まらなくなったので樽鉄年表と国土地理院空中写真を観察しながら気になるポイントをピックアップして想像してみた。

1956/03/20(昭31)国鉄樽見線の開業・大垣~谷汲口間(21.7km)
1958/01/15(昭33)木知原駅を新設(谷汲口駅の一つ手前)
1958/04/29(昭33)神海駅までの延伸開業(+2.3km)に伴い、谷汲口駅が終着駅から中間駅に。
          ※この当時は両駅ともが一面二線(ホームを挟んで車両が行き違い入線できる構造)だったよう。
1984/10/06(昭59)樽見鉄道として再出発。
1989/03/25(昭64/平元)神海駅~樽見駅が延伸開業(+10.9km)※樽見鉄道樽見線の全線開通。

1956=62年前、1958=60年前、1984=34年前、1989=29年前となる。
空中写真は1975(昭50)=43年前・1991(平3)=27年前・1992年(平4)=26年前を参考にしていく。※本巣・谷汲・樽見あたりの空中写真は1975年の次が1991年になってしまうので。

先ず多くのソメイヨシノは60年程で寿命を終えるらしいから、沿線の桜は1958年以降に植樹された桜であると仮説した。
それを軸にして考えると国鉄から転換開業した34年前、延伸開業した29年前が桜を多く植えた時期では?と考察した。何故ならどちらも桜を植えるに相応しい記念の年だったのに加え、まだ老木ではでない大きな木・若木ではないがそこそこ大きな木・そしてまだ若い木の三通りに分別できる桜があるので、それぞれ理屈が合ってくる。

もう少し深く考えてみると、木知原駅と谷汲口駅は共に約60年前の開業であるからその頃の桜では?とも一旦は考えられるが、やはり樹齢60年を越え、それに迫る老木桜には見えない。そして1989年までは神海駅が樽鉄の終点駅なので、当然ながら高科・鍋原・日当駅・高尾・水鳥・樽見の各駅はまだ存在しない。したがって今のそれら駅ホーム脇や線路沿いの桜も、当然ながら存在しない。となるとやはり神海駅~樽見駅間の開通に合わせた約29年前あたりの1989年前後に各駅の周りや線路脇に沢山の桜を植えたのが濃厚ではないか?

そして谷汲口駅構内と木知原駅の線路脇に桜が際立って多い事について、先ず木知原駅の新駅開業時に合わせて両駅に桜を植えてから後、谷汲口駅が一面一線の駅になった時…すなわちタルテツが全線開通した29年前に高科駅~樽見駅らと合わせて、谷汲口駅のかつての1番線跡地と谷汲口駅~木知原駅間の線路横にも更に桜を増やしたとすれば、他の新駅と同じくらいの樹齢に見える桜が在るのもつじつまが合ってくる。

ここで国土地理院の空中写真を観察してみると、1975年カラー及びモノクロ写真では木知原駅と線路横の桜並木は存在してない様子であり、谷汲口駅にいたっては広い敷地の周囲をまばらに樹木が囲み、やたら白い地面に車両らしき影がいくつも確認できる。それは職員駐車場とバスターミナルの併設?もしくは造成中の工事車両かも知れないが、少なくとも今の桜風景は無い。
ちなみにその当時の神海駅より北の線路延伸予定地には橋が架かっていない橋脚だけが在ったり、小高く線路敷地だけ造成されている様子も見れる。

一気に年代が飛んでしまう1991年11月カラー写真はコントラストが低くて分かり辛いけど、木知原駅と線路横には樹木の影が見えており、谷汲口駅の静態保存客車も既に搬入済みなのが確認できる。更に1992年4月モノクロ写真では両駅ともに樹木の影の様子がよくわかる。

今残されてる渓谷沿いの狭く険しい旧道を走ってみれば、鉄道が全線開通するまでの淡墨桜の里は秘境とも言える地域だった筈で、それは1975年以前の空中写真からはもちろん、1992年の空中写真の様子からも見て取れ、樽見駅までの鉄道延伸開通は地域の悲願であったのを想像するに難しくない。同時に地域と地域を密に結ぶ自動車道路の拡張整備が求められていたのも確実と想像できるのがマイカーが普及しきった此の時代である。

国鉄時代が終わり鉄道存続と地域衰退化を心配したであろうなか、線路を伸ばし駅を新設して樽見鉄道として再出発の節目を迎えた1989年前後、樽見鉄道と地域の人たちが募って鉄道と地域繁栄の願いを込めて植樹した(事業の一環であった可能性もあるけど)のが樽見鉄道の桜たちに違いない。
延ばされた線路横や駅の桜が丁度揃って立派な樹形なのが発端で「樽見鉄道」の事はもちろん「私たち日本人にとっての桜がどのような存在なのか」や「桜を植えたくなる時」を考え、改めてこの地域と桜の関わりを知る切っ掛けとなりました。

樽鉄年表と空中写真を観て想像したに過ぎないので「最初の何故」の確定的な結論は出ないし、極めて断片的な情報しか得られてないけど書き留めておくことにしました。


by hanashigai | 2018-04-15 12:00 |  ├ ナガテツ・タルテツ | Trackback | Comments(0)

京都の桜 祇園枝垂桜 

2018年の春も「祇園枝垂れ桜」は立派に花を咲かせてくれました♪

この大桜の周囲には数本の若い枝垂れ桜が植えられています。
祇園枝垂れ桜を桜を育てられた桜守職人のお仕事ですから「当たり前だ」と怒られそうですが、満開のタイミング、若桜と大桜を重ね合わせた樹形、全く見事なバランスですよね。
その若桜も合わせて何処から眺めれば美しいか?どこから撮れば美しいか?を考えながら、今年の円山公園・祇園枝垂れ桜を花見しました。

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この日も時間は留まらず、桜の季節が少しづつ少しずつ、だけど確実に進んでいきます。それも桜の美しさです。

円山公園のど真ん中にある此の桜は、京都で一番有名な桜かも知れません。
もう十年程も前になる「そうだ京都、いこう」の春CMにも出演した祇園枝垂れ桜は、昭和34年3月(1959年)に植樹され、樹齢90年を超える立派な一本桜です。
花を付けた姿は特に威風堂々としていて、ライトアップされて夜空に浮かぶ妖艶な佇まいは、魂を奪われてしまうのではないか?と思う程の溜め息気が出る美しさを誇ります。
そんな祇園枝垂れ桜ですから京都人はもちろん、全国から訪れる花見客を魅了し親しまれ続けてます。

そしてこの桜は嵯峨野の桜守職人、十六代・佐野藤右衛門さんが育てた桜であるのも皆さん御存知のとおり。その桜を当たり前のように毎春に花見できるのは凄く幸せな事です。ちなみに蹴上インクライン桜並木も氏の仕事なのだそうです。

近年様々な要因で樹の勢いが衰えているのも事実です。
なので必ず聞こえてくるのは、昔と今を比べて「可愛そう」「みずぼらしい」「切ってあげればよいのに」なんて言う声。
でもそれは違うと思うんですね。
なにも無理やりに延命させている訳ではなく、桜が生きようとしてるから、桜守職人さんはじめ多くの関係者がそれを支えているんです。
この桜の親木は220年を生きたそうです。命が生きる過程の通過点が祇園枝垂れ桜の今の姿なだけで、まだまだ此の先もずっと京都の春を華やかに彩ってくれると思っております。
※祇園枝垂れ桜は江戸彼岸桜の改良種であり正式名は「一重彼岸枝垂桜」です。


by hanashigai | 2018-04-14 12:00 |  ├ さくら京都 | Trackback | Comments(0)